Index
パナソニックの検査済み再生品「Panasonic Factory Refresh」(PFR)事業が、好調な滑り出しを見せている。同事業は、「初期不良品」としてパナソニックに戻ってきた家電を再生し、品質保証をしたうえで再販売する仕組み。2024年4月の本格始動を機に、公式直販サイト「Panasonic Store Plus」アクセス数が、同月は前月比10倍近くに増加するなど、想定以上の人気ぶりだという。
PFRの事業化に携わるパナソニックの宮瀬健一(みやせ・けんいち)は好調要因について、「ユーザー調査などから、2つの大きな背景が見えてきました」と話す。
そうした順調さが際立つ一方で、中古品販売を扱ういままでにない事業を立ち上げる過程では「泥をすするような苦労もあった」(宮瀬)という。着想から本格的な事業化まで、かかった時間は約3年。その間、どんな苦労があったのか。そして好調要因の「2つの大きな背景」とはどんなもので、またPFRは今後どのような事業展開をしていくのかなどを、宮瀬に聞いた。
中古スマホを抵抗なく買う若年層が、再生家電に熱視線
――Panasonic Factory Refresh(以下、PFR)とは、どのようなサービスなのでしょうか。
宮瀬お客様のもとに届いた製品のなかで、何らかの不具合で返品された「初期不良品」を再生して、「再生済中古品」として販売する事業です。洗濯機、冷蔵庫、テレビなどさまざまな家電製品を新品よりも安い価格で提供しています。いままで初期不良品は引き取って廃棄していたのですが、新たにパナソニックとパナソニックが認定した拠点で厳格な出荷基準で再生し、品質保証をしたうえでお客様に届ける仕組みをつくりました。
また初期不良品以外では、家電のサブスクリプションサービスで使われたあと、戻ってきた製品も対象です。
こうした製品は、もともと家電リサイクル法に基づいて有用な素材を再利用するため、適正に処理されてきましたが、パナソニックとしては、まだ使えるのにもかかわらず廃棄してしまうことを心苦しく感じていました。
また近年、同法を所管する経済産業省と環境省が、廃棄せずビジネス化できる製品については、積極的な再利用を促す方向に舵を切っています。PFRは、そうした社会的要請に応える事業でもあるんです。
――PFRは、いつどのように始まったのですか。
宮瀬まず、テレビと洗濯機の販売を2023年12月にスタートしました。その後2024年4月からPFRのブランドを掲げ、対象の商品を10カテゴリーに増やして本格始動しました。電子レンジと炊飯器は2024年9月にスタートする予定です。
――事業の進捗はどうですか。
宮瀬幸いなことに、大きな反響を得ています。PFRの製品は公式直販サイトのPanasonic Store Plusで購入できるのですが、4月にPFRのブランドを始動させた際には報道などで大きく取り上げられて、認知が広がったことでそれ以降注文が急増しました。同月のPanasonic Store Plusのアクセス数は、前月比で10倍近くになりました。
――10倍ですか......インパクトのある数字ですね。
宮瀬われわれも驚いています。コンバージョン率(ここではサイト訪問者数に占める購入者の比率)も7倍近くになりました。正直に言ってしまうと、供給が追いついていない人気製品もあります。
――新品と違い、供給量を制御しにくいですしね。
宮瀬そうなんです。とはいえ要望に応えきれていないのは事実なので、申し訳なく思っています。
――反響が大きい要因をどう分析していますか。
宮瀬ユーザー調査などから、2つの大きな背景が見えてきました。1つは、環境に配慮した「エシカル消費」を志向する人が増えて、中古品市場のすそ野が広がっていること。2つ目は、PFRが20〜30代の若い人たちから、注目を得ていることですね。
――若い人たちに注目されているのは、将来の需要などを考えても、好ましい状況ですね。
宮瀬はい。新品より安価で高品質、そして1年保証つきの安心感が、若い人たちからの高評価につながっているのだと思います。ちなみに経済的背景や環境への意識からか、若ければ若いほど中古品への抵抗感が少ない傾向があるようで、その辺りも影響しているかもしれません。
PFRの対象ではありませんが、中古スマートフォンの市場動向を見ると、その傾向が顕著ですよね。若年層による中古品の購買が活発なようですから。
華やかな面だけじゃない新事業づくり
――PFRを立ち上げた経緯についても聞かせてください。
宮瀬初期不良品が廃棄されているのは、かなり前から課題に感じていました。まだ使えそうな家電が、次から次へと解体されていく......。
単純に「もったいないな」と思っていました。
これを事業にしようと考え始めたのは、3年くらい前ですね。当時、新規案件は多々ありましたが、どこかがこの問題に取り組まないといけないという使命感もあり、優先度を高めて進めていきました。
家電の再生スキームを模索しつつ事業モデルを構想・検証したうえで、まずパナソニックの社員に再生品を購入してもらう社内トライアルの仕組みを構築し、効果検証するところから始めました。
宮瀬2年くらい社内トライアルを実施して、利用した社員から価格、品質、配送などについての意見を集め、加えて連携する他部署ともコミュニケーションを取りながら改善を図りました。
――社内トライアルを経て社外展開への手ごたえは得られましたか。
宮瀬はい。私はNB戦略推進室という新規事業をつくる部署にいるのですが、既存事業とどう融合し、共存するかは、どんなプロジェクトでも大事なテーマになります。社内トライアルを進めるなかで、新品を扱う既存のビジネスと共生しつつ、家電事業の発展に寄与できるというイメージが固まりました。
――なるほど、社内の協力があっていまがあるんですね。進めるうえで心掛けたことはありますか。
宮瀬それぞれの部署の立ち位置や事情を鑑みながら、いろいろなアプローチで説明をしました。どの部署にも伝えたのは、もともと廃棄していたものを再生すれば廃棄のコストが減り、再販によって売り上げも立つので会社の利益拡大につながるということです。
それだけではなく、これまで価格面で製品購入をあきらめてしまっていた層へもアプローチできるようになります。
それから、中古品とはいえ厳しい検査基準を通ったもののみ販売をすることや、これまで築き上げてきた製品価値を損なわないことも伝えました。
――新規事業の創出というと「イノベーションを生み出す、キラキラしたかっこいい仕事」というイメージがあります。
宮瀬たしかに外から見るとキラキラしているかもしれませんが、実際は泥臭い業務が多いですね。キラキラだけでは、回らない仕事です。PFRの話でいうと、泥臭いどころか泥水をすするような経験もしながら、必死で事業をつくりました。
過去には社内調整で失敗も。大事なのは「一緒にやる意志」を見せること
――何が特に大変なのですか。
宮瀬繰り返しになりますが、やはり社内の調整・コミュニケーションの部分が大きいですね。さまざまな部署に説明するなか、現場特有の事情などによって、なかなか理解を得られないこともあります。
むしろ、1回の説明で「OK、わかった」となるケースが珍しい。「自分の伝える力が、まだまだ足りていないんだ」と、ことあるごとに痛感させられました。ときには同じ部署に何度も説明をして、なんとか前に進めてきました。
――どの部署も自分たちの仕事に強い思いを持っているからこそ、外部から変化を持ち込むのは、簡単ではなさそうですね。
宮瀬そうなんです。みな、自身の仕事に対して責任感と強い思いを持っています。PFRより前の話ですが、既存事業の部署に話を持っていくときに「これは会社の方針だから、やってくれるでしょ!?」という強引な進め方をして、失敗した経験が数多くあります。
宮瀬いまだからわかることですが、その部署の目線に合わせて丁寧に説明しないと「なぜそんなことをしないといけないの?」と思われてしまいます。
――失敗などを経験したうえで、PFRの事業化ではどんなことを心がけましたか。
宮瀬当該部署のことを深く理解することが1つ。あとは「協力してください」といった依頼のスタンスではなく、「一緒に新しいものをつくりましょう」と共創の姿勢を示すことです。一方的に思いをぶつけるのでは、うまくいきませんからね。
たとえば、幹部へのプレゼンなどの仕事は積極的に引き受けて、できるだけ距離を縮めて「一緒にやる」という意志を示すようにしました。そうすると、少しずつですが応援してくれる人も増えるんです。PFRのようにゼロから事業を立ち上げるときは、そうやって仲間をつくることが特に大事だと思います。
――説明資料なども、相手に合わせて内容を変えたりするのですか。
宮瀬はい。たとえばPFRは、パナソニックの環境コンセプト「Panasonic GREEN IMPACT」(PGI)(※)に沿った事業と位置づけていますが、PFRとPGIがどのように結びついているかは、部署などによって多様な捉えかたがあると思っています。要は、ゴールは共通ですが、そこに至るまでのルートは立場によってさまざま。そうした実情を、できるだけ提案内容に反映させるようにしています。
※ パナソニックが2022年に発表した環境コンセプトで、2030年までに全事業会社のCO2排出量を実質ゼロにすることを目指している。詳細は同コンセプトの紹介ページに記載
――PFRについて、社内のコミュニケーション以外で難しかったことはありますか。
宮瀬古物商の許可を取る必要があって、新品の販売をしてきたパナソニックでは前例がなかったため苦労しましたね。法務と連携したり、外部の専門家に協力を仰いだり、警視庁ともやりとりをしました。
そのほか部品交換をするので電気用品安全法の届出をするなど、法対応の仕事は多くて......。かつ、あらゆることを慎重に進める必要がありましたね。
――そういった苦難を経ていまは順調に推移しているPFRですが、今後どのように展開していくのでしょうか。
宮瀬まずは、PFRの認知度をさらに高めていく必要があります。市場の動向をつかみながら、進めていきたいと思っています。
また、初期不良品は使用履歴のデータを活用できるので、そのデータを基に再生しやすい個体を仕分ける仕組みをつくろうとしています。将来的には、交換すべき部品が自動でわかるようにもしていきたいですね。
日本の中古家電市場を、中古車市場のような姿へ
宮瀬それから個人的には、家電の中古市場を育てていきたいとも思っています。
――どういうことでしょうか。
宮瀬いまの日本では、中古の家電が不当に低く評価されているんです。たとえば数十万円で買ったドラム式洗濯機をリサイクルショップに買い取ってもらおうとしても、5万円にも満たない値がついたりする。つまり、残存価値が低いジャンルなんです。
でもPFRが提供するようなメーカー保証つきで品質が担保された再生品が出回るようになれば、社会全体で中古家電の価値がより高く評価されるようになる可能性があります。
そうやって中古品の価値が確立されたら、購買者もより安心して新品を買えるようになりますよね。何らかの事情で使わなくなっても、売却して購入資金の一部を回収できるわけですから。結果として、やや値がはるけど高付加価値な新品の購買促進にも、つながるかもしれません。
――要は、中古車の市場と同じような姿を、思い描いているということですか。
宮瀬そのとおりです。ただそうなるためには、クリアしないといけない課題がまだ多くあります。
たとえば中古車では、車検制度によって国主導の品質保証ができていますが、家電にはそういう仕組みがまだありません。もちろん、公的な仕組みはわれわれだけではつくれません。中央省庁や地方自治体、ときにはほかの家電メーカーとも連携していく必要があります。簡単ではありませんが、チャレンジしていきたいと思っています。
【関連記事はこちら】
Profile
宮瀬 健一(みやせ・けんいち)
パナソニック マーケティング ジャパン株式会社 NB戦略推進室
2007年入社。国内量販店、専門店、海外販社(ベトナム)を担当したのち、2020年から、新規事業の創出を担うNB戦略推進室に所属。これまでに他社協業ビジネス、サブスク事業の企画・開発などに携わってきた。
私のMake New|Make New「長期的視点」
未来や将来につながる視点を持ち続ける事が、大切な事と考えています。描くGOALのイメージが合えば自然と仲間も増え、スピードも一気に加速していくので、視野は常に広く持つ事を意識しています。