パナソニック株式会社と花王株式会社の共同開発で「新しい洗濯」が誕生した。2024年10月に発売されたのは、『汚れはがしコース』を搭載したドラム式洗濯乾燥機と、洗たく用洗浄強化剤『極ラク汚れはがし』。
ドラム式洗濯乾燥機「NA-LX129DL/R」をはじめとする6機種では、ラクもキレイも極めた新コース『汚れはがしコース』を花王と共同開発。ほかにもシワとり・消臭コースをさらに進化させ、「香りづけ」といった新機能も搭載されている。
『極ラク汚れはがし』は、通常の洗剤にプラスして使用することで、頑固な蓄積皮脂汚れ、食べこぼし汚れなどを、つけおき・予洗いの手間を軽減し、洗濯機で落とすことが可能になる洗たく用洗浄強化剤だ。
予洗いをなくすため、新規の専用剤や、剤にあわせた運転プログラムの開発など、約3年半もの歳月をかけて本気で取り組んだ、洗濯機メーカーと洗剤メーカーの共同開発。両者はどのように出会い、どのような困難を乗り越えて商品の発表を迎えたのだろうか?「業界が違うからこそ、コミュニケーションの難しさがあった」と語る技術担当者に、知られざる開発秘話を聞いた。
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新しい洗濯の価値「汚れはがし」って何?
――まずは、「汚れはがし」について教えてください。
工藤洗濯機と剤のコラボレーションによって生まれた新しい洗濯方法で、「つけおき」や「予洗い」無しでも汚れをしっかり落とすことができます。花王さんの『極ラク汚れはがし』は、蓄積皮脂汚れを落としやすい状態に変えることで、洗剤の汚れを落とす効果を強化するという、いままでになかった新しい剤。
パナソニックの洗濯機の特徴でもあるトリプル自動投入を活用した新コース『汚れはがしコース』で使うことで、これまでの洗濯ではアプローチできなかった汚れを変質させ、引きはがすことができます。
喜多『極ラク汚れはがし』は、洗剤と一緒に使うことで洗浄力を大幅にアップできる商品です。いままで洗剤の自動投入というと、主に液体洗剤と柔軟剤の2種類を入れておくことができますが、パナソニックさんの洗濯機には、3つ目の「選べるタンク」がついています。
その3つ目のタンクに『極ラク汚れはがし』を入れて、今回新たに搭載された『汚れはがしコース』を選び、「洗濯」→「運転」→「スタート」の順に洗濯機の液晶パネルで操作いただくことで、頑固な皮脂汚れも、つけおきや予洗いをせずに落とすことができるようになりました。
喜多『極ラク汚れはがし』は、汚れを落としやすい状態に変えるもの。その後に洗剤が投入されることで効果を発揮します。過去からの剤研究の知見から、頑固な汚れを効果的に落とすための有効な成分や方法はわかっていました。しかし、そのためにはお客様ご自身に適切なタイミングで剤の投入をコントロールしてもらう必要があり、それは現実的に難しいため、なかなか発売するには至らない状況でした。
しかし今回、パナソニックさんと『極ラク汚れはがし』と洗剤をそれぞれ適切なタイミングで自動投入できるコースを共同開発できたことで、高い洗浄力を発揮することが可能となり、お客様にお届けすることができました。
製品化までたどり着いたのは、お互いのゴールが同じだったから
――『極ラク汚れはがし』と、それに対応する洗濯機がほぼ同時に発売されました。共同開発が始まったきっかけについて教えてください。
工藤2019年の7月に、花王さんとパナソニックの企画担当者のあいだで2社での共創の取り組みができないかという話になり、3日間のワークショップとディスカッションを行いました。「未来の洗濯はこうなる」というSF的な予測から、「洗濯機側で洗剤投入のタイミングも変えられる」という話まで、いろいろなトピックを自由に話しましたが、その後は両社でいくつかのテーマについて検討を重ね、共同開発の可能性を模索していました。
喜多大きなきっかけは、2021年12月にパナソニックの草津拠点で合同試験(※)を行なったことです。それ以前に、パナソニックさんから自動投入機能の活用で、剤の投入タイミングを自由にコントロールできるということをお聞きしていました。
そこで、私たちの知見を活かして、現状の壁を超える洗浄力の向上にチャレンジしてみたいと思い、花王が以前から構想しつつも実現に至らなかった、洗剤投入タイミングのコントロールを前提とした新しい剤をご提案したんです。
※下にある2枚の写真が、2021年12月にパナソニック 草津拠点で実施された合同試験の様子(画像提供:パナソニック株式会社)
工藤両社あわせて約20人が見守るなかで、花王さんから提案いただいた新しい剤を、洗濯機の新しい運転プログラムでいろいろと試しました。パナソニックで汚れ落ちを評価するときには、完全に落ちないような強めの汚れで試すんですが、それでも本当に真っ白になったものがあり、最初は何かの間違いじゃないかと思ったぐらい、インパクトが強い出来事だったんです。
喜多みなさん、すごく驚かれていましたよね。「洗濯機と剤の組み合わせ次第でここまで汚れが落ちるのですね!」と言っていただけて、私たちもこれまでの開発に自信を持つきっかけになりました。
――あらためて工藤さん、喜多さんのお二人のキャリアについて教えていただけますでしょうか。
工藤私はもともと化学専攻で、太陽電池の研究をしていたのですが、2018年にパナソニックの洗濯機事業に異動してきました。いまは洗濯機の新しい機能開発の中で、特に「洗浄・清潔」の機能でお客様価値を提供するため、新しいコースの開発を担当しています。
喜多私は入社以来ずっとハウスホールド研究所で、洗剤や柔軟剤などの研究開発に携わってきました。「剤」ひとすじ、という感じです。
――お二人とも他社との共同開発は初めての経験だったようですが、今回の共同開発が進んだ経緯は、どういうものだったのでしょう。
工藤商品の共同開発と並行して、花王さんとパナソニックがタッグを組んだ広告プロモーション「#センタク」プロジェクト(※)が2021年にスタートしました。このプロジェクトで、両社の繋がりがより深まったと感じています。「#センタク」プロジェクトでは、洗濯にまつわるさまざまな生活者の声を集めているのですが、私たち技術者どうしのなかでそういった生活者の声を共通認識として持つことが共同開発の土台になったと思います。
※日々追われる家事のひとつである洗濯において、洗濯の楽しみや悦びを感じて欲しいという想いから、パナソニック洗濯機と花王アタックがタッグを組んだ広告プロモーション。単なる家事労働の軽減ではなく、積極的に「洗濯」を楽しめる日にしてもらおうと10月19日(1000せん・19とく)に記念日を制定。
――今回、製品化に漕ぎ着けることができた最大の要因は何だったのでしょう。
喜多「お客さまが苦労している予洗いをなくすために、予洗いレベルの洗浄力を実現しよう」という目標が同じだったことが大きかったと思います。
工藤調査を行なっていくなかで、私たちが課題を解決したいと考えたターゲットは、Yシャツの襟汚れを何とかしたいと思っている40〜60代、それと子どもの食べこぼしに困っている30代のご家庭でした。
喜多具体的にお客様が洗濯のどんなところに困っているかというと、「予洗い」がとても多い、というのがわかったんです。
工藤洗濯機に入れる前に予洗いをしている方が約5割もいるという調査結果(※)もありました。「予洗いを洗濯機で手間なく実現できたら、価値になるのでは?」という仮説から、予洗いをしている方を中心にお呼びした調査も一緒にさせていただきました。
※2022年6月 パナソニック調べ(N=413)
――お客様の側には「頑固な汚れを落とすためには予洗いは必須」というイメージがあるので、そもそも予洗いがなくせるとは思っていなかったかもしれませんね。
工藤もともとパナソニック社内でも「予洗いをなくすこと」は長年何とかしたいと思っていたテーマでした。それを花王さんにお伝えしたところ新しい剤の構想を提案いただいて、そこから共同開発をより具体的に進めていくことができました。
お互い未知の分野だったからこそ、コミュニケーションに高い壁が
――共同開発の中で、お互いの強みはどういうところにあると感じましたか。
工藤花王さんは、やはり剤に関しては圧倒的に詳しいなと思いました。たとえば、剤は一定の温度になると分離してしまうことがあって困ることがあるのですが、そういった安定性の部分や、洗濯機に使われる樹脂材料など機器本体への影響について聞くと、必ず答えが返ってくるんですよね。
喜多パナソニックさんからは、洗いの中で水量を変えたり、工程の時間や動かし方を調整したりすることによってもっと洗浄力を上げられる、ということを教えていただきました。剤と洗濯機を組み合わせ、剤の投入タイミングや回数、投入量をコントロールできることで、自分たちだけでは実現できなかったレベルまで洗浄力をひき上げることができるんだな、と。
機械力との掛け算によって、「新しい洗濯」への扉が開いた感じがしてワクワクしました。
――共同開発をしていて難しさを感じた瞬間はありましたか。
工藤あたり前かもしれないですが、情報共有は非常に重要だと感じました。お互い、どこまで自社の情報を出していいかわからないなかで、最初はなかなか適切に情報共有が進まなかったところがありましたね。
喜多細かなコミュニケーションは大事ですよね。検討を進める際、お互いが使うワードの意味合いが異なっていたことから、実験条件等に微妙なずれが生じてしまっていたケースもありました。
――具体的にはどんなことなのでしょうか?
喜多たとえば洗剤や『極ラク汚れはがし』の使用量を検討する際、同じ投入基準量に対して、実際の投入量の計算方法が両社で異なり、実は使用量がズレていたことがありました。そこで、私たちは技術者どうしでは週1回以上の打ち合わせをするように心がけ、「簡単なこと、些細なことでも聞いておこう」という雰囲気づくりを大切にしてきました。
――洗剤視点で見る花王さんと、洗濯機視点で見るパナソニックとの世界観の違いでもありそうですね。そういったコミュニケーション上のハードルは、どのようにクリアしていったのでしょうか。
工藤喜多さんもおっしゃった通り、細かなコミュニケーションを大切にすることですね。それと、花王さんとパナソニックではものづくりにおけるスケジュール感も違いました。洗濯機本体にコース名を印字する必要があり、コース名を早めに決めなければいけないなど、花王さんには急いでもらったことも多々ありました。
喜多実験をするときの汚れの作り方も、2社で大きく違ったんですよね。そこで、一緒に実際のリアルな襟汚れの濃さをプロットしたレベル表を作って、「お客様が困っている汚れレベルはこのぐらい」という共通理解をつくっていったりもしました。
――今回の共同開発を前に進めるうえで、特によかったと思うコミュニケーション上の工夫にはどんなことがあったのですか。
工藤全体での打ち合わせとは別に、技術者どうしで細かな打ち合わせをやってきたことは大きかったと思います。弊社の汚れ落ちの評価方法を動画にしてお送りしたりもしました。ほかにも洗浄に使う水をパナソニックから花王さんに送ったりもしましたね。
――「水」ですか?
喜多はい。パナソニックさんの拠点のある草津と花王の研究所のある和歌山では水が違うので、洗濯の前提条件を揃えるために草津の水を送ってもらっていたんです。
――本当に徹底的に突き詰めていたのですね。
工藤ほかには、メールでやりとりをするときにひと工夫があったと思います。普通、社外の人にメールするときは宛名に「喜多さま」と書くものですよね。この共同開発では最初から「喜多さん」と、さん付けでやりとりをしていました。「◯◯さま」だとどうしてもかしこまってしまいますが、「◯◯さん」と付けるだけで、よりチーム感を持って一緒に仕事に取り組むことができたように思います。
多様な「洗濯」を、もっと遊ぼう
――お二人は共同開発で、研究者として成長したと感じた部分はありますか?
喜多私は「お客さまに価値を届けたい」という部分は一貫して持ってきたと思うのですが、いままでは「こんな剤を届けたい」という視点に限られていたように感じます。今回の共同開発を経て、お客様のライフスタイルを想像しながら、「洗濯を通じてどういう価値を提案するのか」という、より広い視点を持てるようになったように思います。
工藤個人的にいままでは、最初に決めた目標に向かってまっすぐ進んでいくところがあったように思います。しかし、花王さんには開発の途中で新しい可能性が見つかった場合、そちらを追求していける柔軟性がある。そういった点は意識していきたいと思いました。
また、自分たちの課題感を外の専門家に共有してみることの重要性も実感しました。「予洗いをなくしたい」と思ったときに、洗濯機の動かし方だけで何とかするという方向性だけではなく、別の選択肢を考えることもできるようになりますからね。
――最後に、お二人の「未来の洗濯」についての展望も伺えればと思います。
工藤洗濯って「やらなければいけないもの」とネガティブに捉えられがちだと思っています。でも私の場合、プライベートでいろんな洗剤の効果の違いについて実験したりもしていて、「洗濯で遊ぶ」のも楽しいと感じています。
もしかしたら未来の世界では、デリケートな衣類と、作業着などのしっかり洗いたい衣類を一緒に洗濯してしまうことだって可能になるかもしれません。今後はそういった「簡単にきれいにできる」という楽しさを突き詰めていきたいな、と思います。
喜多パナソニックさんとの共同開発で、効率よく質の高い洗濯をお客様に届けられることが実感できました。洗濯に対するニーズは一人ひとりで違いますが、多様なニーズに対してボタン一つで応えられるようになれるといいですよね。そのためには剤だけではなく、ハードメーカーさんの技術と融合していくことが大事になってくると思っています。
Profile
工藤慶之(くどう・よしゆき)
パナソニック株式会社 LAS 社 ランドリー・クリーナー事業部 衣類ケアBU 要素技術部
2009年入社。太陽光パネルの技術開発に従事。2018年1月より現部署に在籍。洗濯機を中心とした衣類ケア機器の機能開発に従事。ドラム式洗濯機やタテ型洗濯機のコース開発などを手がけている。
私のMake New|Make New「清潔」
洗濯をはじめとした衣類ケアを通じて、人々がより清潔で清々しく暮らすお手伝いができればと思っています。
喜多亜矢子(きた・あやこ)
花王株式会社 ハウスホールド研究所
2005年入社。グループリーダーとして洗剤・柔軟剤を中心としたファブリックケア製品の開発に従事。2005年4月よりハウスホールド研究所に在籍。衣料用洗剤、柔軟剤の基盤研究から処方開発まで製品開発研究に携わってきた。