企業が取り組む環境貢献と聞くと、どのようなイメージを持つだろうか?
ポジティブな印象がある一方で、「社会的要請だから取り組んでいるだけ?」「社会貢献の一環でビジネスとしては成り立たない活動なのでは?」「なんだかきれいごとでは?」と感じる人も、実際のところ多いはず。
そうしたなか、パナソニック株式会社 エレクトリックワークス社(以下EW社)が手がけるZEB(ゼブ)プランニング事業は、これまで多くの企業や自治体のZEB化を支援してきた。その特徴は、環境への貢献だけでなく、自社の既存事業拡大にも貢献するというビジネスとしての側面も強い点にある。
また、建物のエネルギー収支をゼロにすることによる長期的なコスト削減や、従業員のウェルビーイング実現など、さまざまな波及効果を持つというZEB化。なぜ、パナソニックが建物のZEB化に取り組むのか。ZEBプランニング事業の最前線で活躍する3人に話を聞いた。
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費用対効果に優れる「既存建物のZEB化」とは?
ZEBとは、Net Zero Energy Building(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)の略称で、建築物省エネ法で定められた指標(BEI値※1)に基づき、省エネ基準を一定の割合で満たした建物の総称。空調や照明などの設備を最適化してエネルギー消費を削減し、さらに太陽光発電などの創エネと組み合わせることで、ビル全体のエネルギー収支を大幅に改善する。エネルギー消費量削減の割合に応じて、「ZEB Ready」(従来の消費量の50%以下)、「Nearly ZEB」(25%以下)、「ZEB」(100%相殺)といった評価が与えられる仕組みだ。
※1 建築物省エネ法で定められた、住宅・建築物の一次エネルギー消費量の基準。空調・換気・照明・給湯・昇降機の5種類の設備が算出の対象となる。新築の場合、建物の設計一次エネルギー消費量がBEIを下回っていれば、省エネ基準に達しているとみなされる

ZEBの対象は、新築の建物だけには留まらない。築年数の経った既存建物であっても、関連設備の改修を行えば、省エネ効果は十分に期待できる。大規模な躯体工事を行わずとも、ZEBの基準を満たすことは可能だ。日本には省エネ性能が十分でない既存のビルや店舗が数多くあり、その設備を更新することで、社会全体としてCO2削減を大きく進められる。
そうした既存建物のZEB化改修の好例が、EW社がZEBプランニングを手がけた「パナソニック京都ビル」のリニューアルだ。ZEBプランニングとは、建物のエネルギー消費を削減しZEBを実現するための計画・設計を行うことで、パナソニック京都ビルでは、高効率な空調機やLED照明、AIによる自動制御システムなどを導入し、大規模な躯体改修を行うことなく「ZEB Ready」を達成。EW社は、この事例を皮切りに、本格的なZEBプランニング事業推進へと舵を切った。


なぜ、総合電機メーカーであるパナソニックがZEBプランニングに着手し、規模を拡大しつつあるのか。その背景や展望について、ZEBプランニング事業の立ち上げメンバーである小西豊樹(こにし・とよき)、そして営業活動の最前線を担う八木健人(やぎ・けんと)、荒木裕子(あらき・ゆうこ)に話を聞いた。

脱炭素が本格化し、ZEBへのニーズが拡大
――パナソニックがZEBプランニングを始めた経緯を教えてください。
小西まず、2015年末に経済産業省から「ZEBロードマップ」が示されました。これが国内におけるZEBの取り組みの第一歩となり、他社さんが先行してZEBプランニングを開始したんです。我々は当初こそ静観していたものの、やはり設備の総合メーカーとしてこの流れに乗らなければということで、2019年10月に「ZEBプランナー※2」としての登録を行いました。
なぜこのタイミングだったかというと、省エネに対する関連省庁の考え方が、徐々に変わってきた気配を感じたからです。具体的には、建築物省エネ法(建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律※3)等の規制が強化され、照明をLEDに替えるなどの単純な設備の高効率化から、建物の省エネ性能を高める方向に変わっていったのです。
わかりやすいところでは、既存建物のZEB化改修に対して、政府からは、ZEB補助金として設備の3分の2の補助が出るようになりました。この流れで、自治体も所有施設のZEB化に動き出し、自治体の脱炭素先行地域づくりやZEB化を含む重点加速化事業の取り組みが始まりました。すると当然、ZEBプランニングのビジネスチャンスも広がります。それを受け、「これは本格的に取り組むタイミングだ」と判断しましたね。
※2 一般社団法人環境共創イニシアチブ(SII)によって認定される資格。ZEB普及促進と実現支援を目的に、一般に向けて広くZEB化実現に向けた相談窓口を有し、業務支援(建築設計、その他設計、コンサルティング等)を行う専門家を指す
※3 建築物の省エネ性能向上を目的とした法律。一定規模以上の建築に省エネ基準適合を義務付け、2025年には全新築建築物が対象となる

小西とはいえ最初はノウハウもないので、省庁の用意したWEBPRO※4計算(省エネ計算)マニュアルを熟読するところから始めました。しかし、それらのマニュアルは「満たすべき基準」について記載されたものであって、「どのようにその基準を満たすか」は自分たちで考えなければならない。しばらくはディスカウント施策などでお客さまを集めながら、実践のなかでノウハウを蓄積していきました。
※4 建築物省エネ法で規定された適合性判定プログラム。 補助金申請時のZEB要件の確認だけでなく、建築物の断熱性能の検証や各種省エネ設備の導入効果比較等、基本設計・実施設計段階でプログラムを活用する
――この取り組みは必ず拡大していくぞ、という兆しがあったんですね。
小西じつをいうと、開始当初は今のような全社的な取り組みになるとは思っていなかったんです。というのも、ZEB化については政府の後押しもあったので、すぐに建築業界の常識として定着し、プランナーとしての我々の優位性も数年で失われるだろうと思っていたんですね。しかし蓋を開けてみると、ZEBプランニングは思いのほか専門性が高く、経験を積んでノウハウを多く蓄積していることが重要で、プランナーのニーズはむしろ大きくなっています。
京都ビルのZEB化が成功するころには、EW社のマーケティング本部も「これは重要な事業になるぞ」と力を入れ始め、組織もすぐに大きくなっていきました。
――企業や自治体などのクライアント側は、ZEB化に対してどのようなニーズを持っているのでしょうか。
八木大きく二つあります。まずは、脱炭素社会へのシフトについていくためです。2050年までにカーボンニュートラル実現を目指す国の方針もあり、今後は上場企業だけでなく多くの組織がESG投資の観点で「脱炭素化しているか」を見られる時代に入っています。

八木次にコスト面でのメリットです。社屋や庁舎をZEB化すると、設備規模のダウンサイジングにも繋がるため、単純にエネルギー消費量が下がるだけでなく、機器導入費やメンテナンスコストなども同時に削減できます。それによって、いわゆるLCCO2(ライフサイクルCO2※5)を大幅に減らせるのです。
設備を一度最適化してしまえば、数年後に更新する際のコストも抑えられるので、長期的に見れば費用対効果は高いですね。
※5 建築物の建設から運用、廃棄までのライフサイクル全体を通して排出されるCO2を指す。評価時には、1年あたりの排出量を算出する
メーカーならではの「スピード」が差別化要因
――パナソニックにおけるZEBプランニングのビジネスモデルを具体的に教えてください。
小西事業としては、上流の「プランニング」と下流の「機器販売」の両軸で収益を生み出すモデルになっています。ZEBプランナーとして、上流の段階から建物のエネルギー消費のシミュレーションや設計、第3者評価(BELS認証※6)、費用対効果の算出を包括的に行い、それらを通じて、当社のもともとの強みである下流で自社の設備を販売・導入するという仕組みです。
※6 建築物省エネルギー性能表示制度のことで、新築・既存の建築物において、省エネ性能を第三者評価機関が評価し認定する制度

小西一般的なZEBプランニングの流れとしては、まず建物を計画する段階でZEB化するかどうかを決定します。ZEB化する場合は、この基本設計の時点で、WEBPRO計算(省エネ計算)実施し、ZEBに資する数値を達成するまで、何度か計算を繰り返します。外皮や設備の性能が決まった段階で実施設計に移り、BELS評価を受けます。

八木従来の弊社はあくまでも設備メーカーであり、あらかじめ提供された設計に合わせて自社の製品を提案・販売するという営業手法でした。一方、ZEBプランニングの場合、まず「建物全体をどう設計していくか」という上流の段階からご提案ができるので、お客さまにとってもトータルで任せられるという価値になりますし、わたしたちにとっても、新たな収益源の獲得、自社製品の販売拡大にもつながるという、一石三鳥の仕組みになっているんです。
――パナソニックのZEBプランニングが持つ優位性にはどのようなものがありますか。
小西自社製品の豊富さと、それによる短期プランニングの実現が大きいですね。弊社では、空調機や照明、センサーなどを自社で広く取り揃えています。そのためプランニングの際に、メーカーにつど確認を取ったり、納期を管理したりする必要がありません。高いスピード感を持って、一気通貫で取り組めるわけです。それによって、一般的に2か月かかると言われるプランニングも、最短3、4週間でできてしまう。これが一番の競争優位性ですね。
八木現場から見れば「早く結果がほしい」「補助金申請のタイミングが迫っている」というニーズがありますよね。そこで数週間でZEBプランを提示できるのは、お客さまにとっては非常に重要なメリットです。
荒木また、プランニングのノウハウも強みですね。他社では、営業担当者がそれぞれで自身のノウハウをもとにプランニングを行う場合が多いのですが、パナソニックではプランニングの専門部隊を設置しそこで年間40〜50件の案件をこなすため、膨大な経験値とノウハウを蓄積することができるんです。また、複数人での入力や計算のチェックで品質の担保もおこなっています。そういった専門部隊があるのはパナソニックならではだと思いますね。
ZEBを起点に、地域のアクターを繋いでいく
――自治体との連携にも力を入れていると伺いました。
荒木自治体は、庁舎だけでなくさまざまな施設をお持ちです。もしそれらをすべてZEB化できれば省エネ効果は非常に大きくなりますが、すべての建物を新築することは現実的には難しいですよね。そこで、既存建物のZEB化を積極的に提案しています。
もちろん、ZEB化が難しい既存建築もありますが、そういった場合もCO2削減の省エネ改修に向けて提案を行うことで、地域への貢献を目指しています。

八木また、弊社がZEBプランニングを請け負うだけでなく、自治体とパートナーシップを締結し、地域全体の脱炭素化を目指すといったことも始めています。具体的には、地域の企業に対して改修を提案したり、なるべく地元業者と連携して工事を行ったりといった連携を想定しています。
荒木私が現在担当している北海道エリアもまさにそうですが、パナソニックには全国に広がる販売店や施工業者のネットワークがあります。この「地域に根差す営業網」をいかに活用できるかがポイントだと思っています。
八木また、政府が地域活性化のために立ち上げた概念として、「地域循環共生圏」があります。要するに、なるべく地域のことは地元企業が担うことで、地域の経済を活性化させていこうという考え方です。我々もこの考えに則り、全国の営業網を生かして自治体の目標達成を支援していければと考えています。
さまざまな人が、同じ場所で快適に過ごせるように
――ZEBプランニングは、ウェルビーイングの考え方とも相性がよいと伺いました。具体的にはどのようなことなのでしょうか。
八木ZEB化によって主に得られるのは、CO2削減や省エネといった「目に見えない部分」のメリットですよね。ただ、そうした効果は実際にビルやオフィスを使う人たち、あるいは施設を利用する納税者の方々にとって、ピンとこないことも多いと思います。
一方、ウェルビーイングは、照明や内装、空調を工夫して「ここで働くと快適だね」と実感できるようにすることで、「目に見える変化」をもたらします。このZEBとウェルビーイングを組み合わせることで、利用者もメリットを感じられる改修となるのです。
小西たとえばオフィスのフリーアドレス化を進めながら、同時に空調や照明を最適化していけば、一人ひとりが自分にとって快適な空間で過ごせるようになりますよね。それは、ひいては従業員の健康や生産性の向上、さらには企業の採用力アップに繋がるかもしれません。

小西特に、今の若い世代の方は環境意識も高いし、職場環境が快適かどうかも重視します。ZEB化による省エネと、ウェルビーイングによる働きやすさをセットにできれば、企業にとってはより価値の高い改修となるはずです。
荒木ZEBだけを目的にすると「空調をギリギリまで絞ろう」とか「照明を暗くしよう」という発想に寄りがちですが、実際にはそれだと働く人にとっての快適さが損なわれてしまう可能性もありますよね。あくまでもその場所で過ごす人のための建物なわけですから、居心地が悪くなってしまっては本末転倒です。
そこでウェルビーイングの視点を入れることで、「照明は控えめだけど、手元はしっかり照らせるように」とか、「エアコン温度は少し高めだけど、フリーアドレスで涼しい席に移動できるように」とか、そこで過ごす方にとってのいろいろな工夫が出てくるんです。
たとえば、実際の照度とは異なる「明るさの感じ方」を示す「Feu(フー)※7」という当社独自の明るさ感指標なども、メーカーとして長年培ってきたノウハウを活用している部分ですね。
※7 人間が感じる「空間の明るさ感」を定量化したパナソニック独自の指標。従来の水平面照度(lx)だけでは評価しきれなかった、天井や壁などの反射光も含めた空間全体の「明るさ感」を、実際に人が感じる印象に近いかたちで定量化するためのもの

小西こうした照明や空調についての工夫は、総合メーカーである弊社だからこそ可能なものです。全体のエネルギーは減らしつつ、雰囲気や快適性は向上させたい。そんなニーズはこれからも強まっていくはずです。自分たちの強みを生かしつつ、今後の提案に繋げていきたいですね。
――最後に、ZEBを起点とした今後の展望について教えてください。
小西やはり地域連携の推進ですね。ZEBは建物単位での省エネ・創エネを追求する仕組みですが、自治体や地域の民間企業と連携することで、それをなんとか街全体のエネルギー最適化に繋げていきたい。引き続きさまざまな事業者の方に声がけを進めていけたらと思っています。
八木先ほどは、自社製品をプランに組み込めるところが弊社の強みだというお話をしましたが、とはいえZEBプランニングは自社だけですべて完結するわけではありません。現時点でも、たとえば外皮改修や構造部分などは、他社さんとの連携が必要になっています。
地域との連携を考えるうえでは、こうした「自社で完結できない部分」こそ重要です。協力いただけるパートナーを全国各地で見つけ、関係を構築していくことに注力していきたいと考えています。
荒木AIを用いた設計の効率化など、技術的なアップデートにもまだまだ可能性があると感じますね。たとえば建物の構造や運用を瞬時に解析して、最適な設計を提示できるようにするといったことができるようになれば、今以上にスピーディにプランニングができるかもしれません。
小西そうやって技術面もアップデートしながら、自治体や企業、さらには地域住民も含めて大きなネットワークを構築していく。それがZEBの概念を超えて、地域社会の脱炭素に貢献する道だと思っています。私たち自身も、これからまだまだ新しいパートナーや技術を取り込みながら、ZEBを起点とするビジョンを拡張していきたいですね。

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Profile

小西豊樹(こにし・とよき)
パナソニック株式会社 エレクトリックワークス社 マーケティング本部 電材営業統括部 綜合営業企画部
1988年入社。営業企画・事業企画として省エネ・蓄エネ・創エネのマーケティングに従事。2021年4月より現綜合営業企画部に在籍。自治体との連携協定等推進、既存建築物ZEB化の全国普及を目指す。一方、中小企業診断士や環境省脱炭素まちづくりアドバイザーとして、地域の中小企業とその支援機関と自治体をカーボンニュートラルで繋ぎ、ゼロカーボンシティーの取り組みに貢献している。
私のMake New|Make New「地域循環共生圏(ローカルSDGs)」
エネルギーの地産地消と省エネGXを促進し、地域経済の活性化に貢献したい。

荒木裕子(あらき・ゆうこ)
パナソニック株式会社 エレクトリックワークス社 マーケティング本部 電材営業統括部 綜合営業企画部
1996年入社。電材セールスプロモーターとして大手ハウスメーカーを担当し、労働組合の経験を経て、2019年4月より自治体最前線の課題に向き合ったプロジェクトに取り組む。現在は脱炭素社会の実現に向け、主に北海道地区を担当し、現地の営業と連携しながら企画提案を行っている。
私のMake New|Make New「理想と目標をもつ」
時代の変化に柔軟に対応し、学び続ける。つねに理想と目標を持ちながら、一緒に働く仲間たちとともに成長し、お客さまに貢献していきたい。

八木健人(やぎ・けんと)
パナソニック株式会社 エレクトリックワークス社 マーケティング本部 電材営業統括部 綜合営業企画部
2015年入社。電材営業として、市販・アカウント営業活動に従事。2022年4月より、綜合営業企画部に在籍。社命によりPPP(公民連携)を学びながら、開発営業強化策の立案・展開や、提案型案件を中心とした事業組成支援に取り組む。現在は、BtoB領域でのソリューションモデル創出に向け、新たに地方都市のアカウント開拓やパートナー化などに取り組んでいる。
私のMake New|Make New「地域裨益」
エネルギー・健康・賑わいの3つをテーマに、地域が主役となる地域裨益型の仕組みづくりに貢献していきたい。