電気や光、安全といった「くらしインフラ」の変革を目指すパナソニック株式会社 エレクトリックワークス社(以下EW社)。今回は、EW社がスタートアップとの共創を推進するために毎年開催しているアクセラレータープログラム「Panasonic Accelerator by Electric Works Company」に名乗りを上げた、「AIによる作図業務の自動化プロジェクト」のメンバーに話を聞いた。
同チームは、2024年度成果発表会にて社長賞を受賞するも、実際のプロジェクト推進ではAI導入における「業務フロー、データ、AI技術の3つの壁」に直面し、多大な苦労を経験したという。
インタビューに応えたのはチームメンバーから、EW社ライティング事業部の服部愛果(はっとり・あいか)、EpicAI社CEOの横山敬一(よこやま・けいいち)氏、大川賢人(おおかわ・けんと)氏の3名。試行錯誤した3ヶ月間を振り返り、AI導入の理想と現実、さらにはその先に見える未来について語ってもらった。
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「魔法のAI」で楽になるはず! 作図効率化への大きな期待
――「AIによる作図業務の自動化プロジェクト」に取り組まれた3ヶ月間はどのような期間でしたか?
服部正直に申し上げれば、「大変だった」の一言に尽きます。
元々、プロジェクトの発案者は、私たちの部署が担う作図業務の大変さを理解し、以前から気にかけてくださっていたんですね。「AIを導入すれば、煩雑な仕様決定やルール定義を省き、作図業務の自動化が"魔法のように簡単に"実現できるのではないか」。そんなアイデアからプロジェクトがスタートしましたが、現実はそう簡単にはいきませんでした。考えが甘かったことを痛感させられた3ヶ月でしたね。

――率直なお答えをありがとうございます。まず、「作図業務」とは具体的にどのような作業なのでしょうか?
服部私たちの部署は屋外照明の特注商品を取り扱っており、案件ごとに異なる要求仕様に合わせ、商品設計図の作図と見積もりの作成、そして製品化を行っています。

服部明るさの調整やオプション部品の追加など、お客さまからの依頼によって仕様が異なるため、図面作成をはじめ手作業での転記作業や細かな計算に多くの時間と労力を費やしています。少なくとも300枚、多い年では800枚にもおよぶ作図業務を少人数で対応しており、AI導入は日々の作図業務の効率化と、新たな仕様が発生した際の新規の設計作業を容易にできないだろうか、という発想でした。
そこで図面を扱うAIのソリューションに強みを持つEpicAIさんに共創相手として組んでいただいたんです。
横山図面を扱うAIの難しさは、テキスト情報だけでなく、材質や形状などの情報が表や図形として混在している点にあります。
弊社は図面からの情報抽出、図面検索や解析、レビュー支援など設計業務の主になる技術を強みにしているので、そういった説明をさせていただく中でアクセラレータープログラムでの共創が決まりました。

――共創にあたって、期待や不安はありましたか?
横山弊社は製造業や建設業などものづくりの領域で、設計から生産、建設、メンテナンスというサイクル全体の高速化に注力しています。特に、設計は全ての起点となる重要なプロセスであり、その自動化は生産プロセス全体の改善につながる可能性を秘めているのではという期待感がありました。
大川そうですね。私はプロジェクトマネージャーとしてプロジェクトに参画することになったのですが、設計の効率化は大きなインパクトがあり、共創プロジェクトでそこに注力することは大変意義があると感じていました。

大川一方、設計という業務は担当者によって作り方や考え方が異なり、図面の形式も紙、PDF、2D、3Dなど多岐にわたるため、それらのデータを正しく吸い上げてAIに落とし込むことができるのか、懸念もありましたね。
立ちはだかった「3つの壁」。AI導入は部屋の掃除から?
――具体的にどのような苦労があったのでしょうか?
服部まず最初にお伝えしておかなければいけないのですが、「AIによる作図業務の自動化プロジェクト」と銘打ってはいるものの、正直なところ、まだAIの実装には至っていないんです。
AI導入でよく例えられるのが、ロボット掃除機の導入です。ロボット掃除機をスムーズに走らせるためには、事前に部屋を整理整頓し動線を確保する必要がありますよね。AI導入も同様に、AIに学習させるためのデータや業務フローが整理されていない状態では、着手できないんです。
ですから、まずは部屋のお掃除、つまりデータと業務フローの整理から始めることになったわけです。

大川プロジェクト開始時、パナソニックさんはおおよそ4ヶ月でAI実装まで進める見通しを立てられていたんですが、初期検討段階で業務の棚卸しを行い、まずはマイルストーンとスコープを調整しました。
そこから、前提理解として現状のデータの形式や内容、取り扱われ方、業務フローなどの細かなヒアリングとコンサルティングに2ヶ月かけ、方針策定ができたという流れです。実装までの道のりはまだ遠いというのが正直なところですね。

服部並行してこの3ヶ月間で行っていたのは、作図作業の既存業務においてマクロを組んだMicrosoft Excelを使用していたんですが、それらをAI開発において最も広く使われているプログラム言語の「Python(パイソン)」に書き換える作業です。
大川PythonにはAI関連の豊富なライブラリがあり、AIを導入するのであれば、いずれにせよこの言語で完結させた方がスムーズに取り組みが進められます。そこでPython化に着手しました。
――なるほど、既存業務へのAI導入にはまず準備段階が必要なんですね。最初にチームの皆さんが「これは思ったより大変だ」と感じたのは、どのようなタイミングでしたか?
服部そうですね。作図業務において一般的に取り扱われるデータは「DXF(Drawing Exchange Format)」という形式なんですが、私たちが長年使っているCADソフトはデータ形式が異なっていまして。EpicAIさんから、外部連携が難しいと聞かされた時かもしれません。
横山そういった認識違いは、実はよくあることなんです(笑)。既存の業務で使われているツールが特殊であったり、プロセスが標準化・可視化されていなかったりと、業務が整理されていないことが原因でプロセスやデータをスムーズにAIに落とし込めない状態を、私たちは「業務フローの壁」と呼んでいます。

横山我々は常日頃から、クライアントの皆さんに「AI導入では3つの壁に阻まれる」ということをお伝えしています。1つ目が今お話しした「業務フローの壁」。2つ目は「データの壁」です。例えば、パソコン1つをとっても、各フォルダに何のファイルが保存されているかを正しく把握し、構造化されている方は決して多くはありません。関わる人数が多いプロジェクトの場合、必要なデータを集めるだけでも一苦労です。
またAIに学習させる場合、設計図の作成前に提供されている仕様書と完成した設計図、つまりインプットとアウトプットの両方のデータを揃える必要があるんですが、そのペアが別々のフォルダに保存されていたりという状況も頻繁に起こります。

―― 3つ目はなんでしょう?
横山「AI技術の壁」です。今回はまだAI実装に至っていないため、具体的な課題は顕在化していないのですが、一般的にAIは実装してトライしてみないと具体的なイメージがつかめないことが多いんです。精度に対する期待値の認識のすり合わせが難しいという課題もあります。8割もしくは9割のクオリティを目指すとして、「それが実際の業務において、どの程度なのか」という認識を関係者間で共有するのは簡単ではありません。
この3つの壁が積み重なると、プロジェクトのマイルストーンを設定すること自体が非常に難しくなってしまうんですね。そのため我々は、初期段階で業務を棚卸しし、まずはひたすらヒアリングに徹することを大切にしています。
大川本プロジェクトにおいても、3つの壁の観点からAIを業務システムのどの箇所にどう導入できるのか見極めるため、かなり密にコミュニケーションをとって共通認識を作って進めていきました。
壁を乗り越えるカギは、共通認識をつくり上げていく対話
――共通認識をつくるために、どのようなコミュニケーションを意識されたのでしょうか?
大川絶対に認識の齟齬が起こらないコミュニケーションを取ることですね。例えば、図面について口頭で説明する際、お互いが同じ形状を想像しているとは限らないですよね。必ず図面や画像を示しながら質問し、認識を合わせることで、正確な情報が共有できるようにしていました。

服部全く同意見です。また、依頼者側にもある程度AIリテラシーが必要になることを実感しました。AIに限らず、機械に対しても人に対しても、自分のつくりたいものが具体的に思い描けないと具現化することは難しいなぁと。
大川でも、特別に高いAIリテラシーを求めているわけではないんです。あまり難しく考えず、お互いに「こういうことですか」という問答を繰り返していく。それを積み重ねるうちに相手に伝わりやすい言葉がつかめていくので、とりあえず自分の理解を口に出してみることが重要だと思います。
服部ありがとうございます。相談を持ちかける側は、ついついAIのエキスパートにすべてお任せしたら「魔法のように」実装してくれるだろうと考えがちではないでしょうか。
でも共創においては、双方に同様の熱量が必要になりますし、特に人の運用でカバーしてきた属人的な領域は、自分たちが主導して業務フローを明確にする必要性があることを学びました。
横山私たちが最終的に提供する価値はAIそのものですが、一番の目的は属人化を防いだり、効率化を図ったりすることです。実は、業務フローを明らかにして標準化した結果、そもそもAIを使わなくても自動化で事足りるケースも少なくはないんですよ。
AI導入への果敢なトライ。目指すゴールは
――ここまでAI導入のための準備段階のお話を伺ってきましたが、現在想定されているプロジェクトのゴールも教えてください。
服部私たちが最終的に目指しているのは、完成図面をスムーズに作成するための最適な工程の構築です。全工程をすべてAIが担うのではなく、AIと既存の技術を最適な形で組み合わせるイメージです。

服部ですから、今は工程を標準化しつつ切り分けて、どの段階にAIを導入するのが最適なのか、どのような組み合わせが最も効率的なのか、といった点を掘り下げて検討しています。
――パナソニックのような「大企業へのAI導入」という視点で気づかれた点はありますか?
大川そうですね。大前提として、大企業が長年積み重ねてきた業務プロセスを変えるのは容易ではない点が挙げられるかと思います。もう一点は、お客さまの要望に細やかに応えることができるのはパナソニックさんの強みである一方、多品種少量生産工程にAIを導入する場合、個別のチューニングが増える分コストが上がり費用対効果が薄くなってしまうため、費用対効果を見極め、自動化を進めていく難しさがあると感じます。
服部大川さんのご指摘はごもっともです。一方で、大企業というよりも、「細かい調整と高い精度が必要な作図業務への導入」だからこそ難しい点も多いのだと感じました。とはいえ、実際にトライしたことで、挑戦する価値が十分にあるとも感じることができました。

挑戦者たちが感じる、10年後に向けた「AI時代の歩き方」
――では最後に、これまでの経験を踏まえて、企業がAI導入を検討する上で注意すべき点についてアドバイスをいただけますか?
大川まずは、実際にAIに触れてみることをお勧めします。巷で話題のChatGPTをはじめGoogleのGemini、AnthropicのClaudeなど、無料で使えるツールがたくさんあります。それぞれ得意な分野が違うので、比較しながらいろいろと試してみることで、どの程度の精度で回答が返ってくるのか、どのような課題解決に役立ちそうかが肌感覚で理解できると思います。
服部チームメンバーの受け売りですが、まさに「案ずるより産むが易し」です。私は途中からこのプロジェクトに参画したのですが、もしプロジェクト立案以前から関わっていたら、「大変すぎるのでやめよう」と言っていましたから(笑)。とりあえず走り出してみて、トライアンドエラーを繰り返していくしかありません。上司の方はそんな部下たちの試行錯誤を温かく見守っていただければと。

横山5年から10年後には、AIによってかなりの部分が自動化された未来が到来すると私たちは考えています。しかし、誤解されがちなのは、「AI技術が進展すれば、簡単に導入でき、業務の効率化が速やかに実現する」という考え方です。仮に最新のAIを導入したとしても、AIを機能させるための情報が不足していたり、現在の業務を正確に把握できていなかったりすると、理想の状態に到達することは難しいでしょう。
最初から完全自動化を目指すのではなく、実際に取り組むべきはAIに人が介在する半自動化の状態や、既存の仕組みとAIの組み合わせなどから始め、徐々に自動化の範囲を広げていくという段階的なアプローチです。
いきなり完璧を目指さず、作業時間を8割に削減したり、熟練者しか扱えなかった業務を誰でも処理できるようにするなど小さなゴールを設定し、中長期的に進めていくことが重要なのではないでしょうか。あまり身構えずに、まずはAIに馴染んでみることから始めてみてください。

事務局コメント
社内で初めての挑戦にも関わらず、プロジェクトチームの奮闘ぶりには目を見張るものがありました。本プロジェクトで取り組んでいる課題は、一部署だけの特殊なものではなく、業務効率や属人化によるノウハウ継承の難しさに問題を抱えている部署は数多く存在しています。そんな中、ここまで具体的に課題まで落とし込んでAI導入を試みたケースは希少で、アクセラレータープログラムの成果発表会でもその点が高く評価されました。
全社へのポジティブな波及効果を期待していますし、今後もEpicAI社の技術力もお借りして、業界全体の業務改善や効率化につながる取り組みになればと願っています。
Panasonic Accelerator by Electric Works Company事務局
Information

Panasonic Accelerator by Electric Works Company
Panasonic Accelerator by Electric Works Companyは、パナソニック株式会社 エレクトリックワークス社がスタートアップと共創し、新たなビジネスを創出するプログラムです。素晴らしいアイディアや技術、ビジネスモデルを有するスタートアップと共創し、新規事業を加速させることで、社会課題の解決への貢献を目指しています。
詳しくはこちらProfile

服部 愛果(はっとり・あいか)
パナソニック株式会社 エレクトリックワークス社 ライティング事業部 プロフェッショナルライティングBU 専門市場件名推進部
2019年入社。パナソニック株式会社ライティング事業部(屋外商材)の事業企画や営業企画に従事。また、約6年間、9人制バレーボールチームのパナソニック ブルーベルズにて活動。2024年引退。現在は、専門市場件名推進部に在籍し、屋外照明商材の見積もりやデリバリーを主に担当。
私のMake New|Make New「Peace」
私は屋外照明を通じて、人々の心に平安をもたらしたいと思っています。夜道の不安を安心に変え、人々の笑顔を支える照明に携わることは、私の誇りです。一つ一つの照明が、誰かの心の安らぎとなることを願いながら、より良い社会の実現に向けて全力で取り組んでいきます。

横山 敬一(よこやま・けいいち)
株式会社EpicAI CEO
株式会社松尾研究所にてChief AI Engineer・PMを勤め、製造・建設・エネルギー領域のPJを牽引。
株式会社EpicAIでは製造業における設計/図面関連業務の自動化や品質管理での設計レビューの課題に注力。
東京大学グローバル消費インテリジェンス寄付講座にて講師を務める。

大川 賢人(おおかわ・けんと)
株式会社EpicAI 事業開発・エンジニア担当
コンサルティングファームにて物流・金融領域における100名規模の基幹システム開発・導入PJを牽引。
株式会社松尾研究所にてエンジニアとして医療や法務分野のPJにて開発やマネジメントを経験。