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現代人が屋内にいる時間は人生の87%を占めており、本来自然とともにあった人間のリズムが崩れているといわれている。そのため、本来自然環境で生きてきたヒトが自然を感じることで得られる普遍的な癒し効果をもたらす「バイオフィリックデザイン」という概念が、ここ最近広がっている。オフィス空間などにおいて自然の要素を取り入れることで、健やかに働ける環境をつくる、というものだ。
空質家電、空調機器、換気送風機器などを手がけているパナソニック空質空調社においても、バイオフィリックデザインを取り入れた新しいサービス・ソリューションを生み出すべく、「(un)FORM」(アンフォーム)というプロジェクトが始動している。風・陽・地・霧・湯・息という6つのテーマでプロトタイプを作成し、2023年2月にはそれらを体感できるイベントが開催された。
「(un)FORM」をとおして「自然の心地よさを室内で再現する」という新たな価値を生み出そうとしている、プロジェクトメンバーたち。その挑戦について、プロジェクトリーダーである中内菜都花に加え、そのメンバーである吉田珠里、峯川立也に話を聞いた。
「自然の心地よさ」を室内で再現するため、有志の6人が立ち上がった
――「(un)FORM」では、自然の心地よさを室内で再現することを追求しているとうかがいました。そもそも、なぜこのようなプロジェクト立ち上げたのでしょうか?
中内2年ほど前、私が別の部署に所属していたときに手がけていた家庭用エアコンに関する調査が「(un)FORM」の起点になっています。当時、「エアコンの風が苦手だ」という声が多くあり、ではどのような風が好まれるのか、調査をしていたんです。その際に出てきたご意見の一つが、「植物のそよぎとともに届く風は心地よい」というものでした。
そこで気になったのが、「エアコンの機械的な風」と「植物をとおした自然の風」の違いです。さらには、自然を活用したアプローチを取り入れることができればエアコンの風を嫌いにならないでもらえるのではないのか、とも思いました。これらを追究してみようと思い、「自然」というキーワードをもとにさまざまな調査を行なったのです。
中内具体的には、頭で考えるのでなく、実際に体験するなかでアイデアを考えるという方法をとりました。全国10か所の自然あふれる場所を訪れて観察し、どのような感覚が心地よいのかを体感したり、「植物を通したときの風は心地よい」とおっしゃったユーザーのもとを訪れ、実際にお話を聞くこともありました。そのような方法で、「自然の心地よさ」の種を集めていったのです。さらには、森林浴の心地よさを科学的に研究されている有識者の方にお話をうかがうこともありました。
――(un)FORMプロジェクトには多様なバックグラウンドを持ったメンバーが参加していますが、どのように仲間集めをしていったのですか?
中内現所属の前身となるくらし事業本部 空質空調社が発足した2021年10月に私も空質空調社へ異動してきたのですが、異動後も調査を継続・発展させていきたいと思い、上司に相談したところ承諾を得られたので、私がリーダーとしてあらためてプロジェクトを企画しました。
その際に、「さまざまな知見を持ったメンバーを社内から集めて、取り組みを進化させたい」と考えたんです。そこで、社内でプレゼンテーションを続けて、徐々にメンバーを集めていきました。今日この場に同席している吉田さんや峯川さんも、このプロジェクトに賛同してくれた方の一人です。
吉田もともと、私はバイオフィリックデザインについて知っていましたが、中内さんの考える、心地よく感じる自然の要素・変化だけを抽出して再編集するアプローチが新しく面白そうだなと感じました。そこで、ぜひこのプロジェクトに参加してみたいと思い、メンバーに加わりました。
中内「(un)FORM」のプロジェクトメンバーは私を含めて6人。空間の新価値創出のための研究活動の一環として、「(un)FORM」のプロジェクト化が認められました。プロジェクトの立ち上げや運営にあたっては、所属組織からバックアップしてもらっています。
――なぜ、自然の心地よさを室内で再現することに着目したのですか?
中内「心地のよい環境をつくるために、本物の自然を室内に置く」という手法は、すでに世の中に普及しています。ただ、自然をそのまま室内に取り入れるには、変化が大きすぎて扱いにくいものです。例えば、オフィスなどで焚き火をするのは難しいですよね。そこで、より室内に合ったかたちで自然を取り入れるため、これまでに注目されていなかった、風が吹くことで生まれる揺れや霧、湯気といった、人間にコントロールできない自然がもつ心地よさの「要素」に着目したのです。
「心地よく感じる自然の要素・変化」を室内に取り入れることで、新たな価値を創出する
――「(un)FORM」は、風・陽・地・霧・湯・息という6つのテーマにもとづいたプロトタイプを作成し、2023年2月に開いたイベントでお披露目しました。このテーマ設定はどのように考えられたのでしょうか。
峯川テーマ設定に関しては、人それぞれが持っている原体験や原風景に着想を得ています。風がそよぐ様子や日向ぼっこで日差しが見える様子など、どの人が見てもわかりやすくて共感を得やすい心地よさの要素をピックアップし、プロトタイプに落とし込んでいきました。イベントでも、この原体験・原風景を体感してもらうことを重視しました。
中内パナソニックには、バイオフィリックデザインを取り入れた照明器具がすでにあるのですが、その担当者から「プロトタイプを作成して体感してもらうことがこのジャンルではとても大切だ」という助言をもらって。今回「(un)FORM」のプロトタイプを作成し、イベントをとおして多くの方々に体感してもらう機会をつくったきっかけとなった一言です。
――プロトタイプ作成の過程で最大どれくらいのテーマのアイデアが出てきましたか?
中内正確な数は数えていないのですが......過去のアイデアも含め、数百個はあったかと思います。もともとは3つくらいのテーマにしぼる予定でしたが、しぼり切れずに気づいたら6つになりました(笑)。
吉田2022年の秋頃から中内さんが中心となり、アイデアを出すためのワークショップを複数回開催してテーマをしぼり込んでいきました。みんなのアイデアをもとに中内さんのほうで整理し、そこからさらに新しいキーワードつくることで、いろいろな切り口のアイデアが生まれていって。6人全員でアイデアを出し合って、もう出ない、というところに来てもなんとか捻り出しましたね (笑)。
――メンバーのみなさんは本来の業務もあるなか、プロジェクトが始動したのち、徹底的にアイデアを練られたんですね。
中内このメンバーでプロジェクトを推進するのは初めてですし、それに加えて、「心地よい」という言葉では伝わりにくい感覚の共通点をつくる必要があるので、とことん議論と共感を重ねる必要があると考えたんです。そのため、初回のワークショップだけでテーマを選ぶことも難しく、何度もアイデアを広げてはしぼりを繰り返し、テーマを洗練していくこととなりました。
自らの体感を重視し、「心地よさ」の言語化をとことん追求
――6つのプロトタイプをつくるうえでこだわったところは何ですか?
中内「自分たちの体感」ですね。プロトタイプをつくって自ら体感してみて、自分たちがどう感じたかをとことん議論しました。メンバーで、感覚的で言葉にするのが難しい部分を一生懸命言語化して「心地よさ」を探っていきました。
吉田ほかにもいいアイデアがあったのですが、体感してみて「これはいい」「これは違う」とテーマを取捨選択し、制作過程でもプロダクトの形をどんどん変えていきました。
中内とはいえ、「心地よい」という言葉にできない感覚をすり合わせたり、決めたりするのは本当に難しかったですね。だからこそ、メンバーが各々持つ原体験や体感して感じたことを言語化し、共通する感覚を養うことがとても重要でした。
――プロジェクトリーダーである中内さんの肩書きは「デザイナー」です。一般的にデザイナーは個人のスキル向上を重視するような印象もありますが、本プロジェクトにおいては「チーム力を大切にした」とお聞きしました。中内さんはなぜチーム力を重視しているのでしょうか?
中内おっしゃるとおり、チーム力はとても大事だと思っています。私はデザイナーですが、自分自身で意思決定しながら物事をどんどん前に進めていくタイプではないんです。ひとりで何でもできるなら、独立したほうがいいかもしれません。
私がなぜパナソニックの社内デザイナーとして働いているのかといえば、多様なキャリアや知見を持ったメンバーたちと一緒に仕事ができるから。メンバーたちの助けを借りながら、自分にはない考え方やアイデアを持ち寄り、チームの相乗効果で新しいことを生み出すことが好きですし、それがパナソニックならできると考えているからです。
だから今回の「(un)FORM」も、メンバーたちの意見を尊重しながら意思決定をしつつ、それぞれの経験や知見を存分に発揮してもらいました。
――イベントの様子や来場者の方々の反応はどのようなものでしたか?
中内パナソニック内で「(un)FORM」プロジェクトに興味がありそうな方々や空質空調社の拠点である「AIR HUB TOKYO」でおつき合いがある方々にお声がけして、幹部や社外の方も含め、約160名の方にご来場いただきました。
多くの方々が、6つのプロトタイプを体感されて、自身の担当業務に「自然の心地よさの要素・変化を取り入れる」ということを活かしたり結びつけたりできないかを考えている印象でしたね。
峯川安心・安全・清潔を提供することを軸としているパナソニックにおいて、「心地よく感じる自然の要素・変化を抽出して再編集する」という今回のアプローチを伝えられるか、来場者にどのようなフィードバックがあるか、イベント前は楽しみ半分、不安半分でした。
今回のイベントでは、来場者の方々に「自分にとっての心地よさを探してほしい」と最初にご案内してからプロトタイプを見ていただくようにしていました。結果的に見た方からは、私たちから何も言わずとも「霧の自然のゆらぎだからか、ずっと見ていられる感じがしていいな」と言葉をいただいたり、自然の不均質な心地よさに共感してくださったりしていたので、安心しました。特にイベント会場内の「陽」をテーマにした陽だまりのプロトタイプは想像以上に人気がありましたね。これは、照明を使って陽だまりを再現したプロトタイプなのですが、日向ぼっこの原体験を想起させて、実感がわきやすかったのかもしれません。
吉田陽だまりの人気っぷりは想定外でしたね。来場者のみなさんが心安らいでいる様子が見られて、自然の心地よさが意外と感覚的に伝わるものなんだなと実感しました。さらに、ここで本を読みたいとか、図書館やホテルなどこんな場所にあったらいいよね、といったように来場者の方が自然とアイデアを連想してくれることも多かったです。
新たなメンバーとともに、「(un)FORM」の概念をアップデートしていきたい
――このプロジェクトを今後どう発展させていきたいと考えていますか?
中内「なんか心地よい」という感覚に共感してもらえたり、今後共創できそうな方々とつながりをつくったりするという点では、今回のイベントの目的を達成することはできたと思います。
次のステップとして、公共空間やオフィスで実際に使いながら検証することを予定しています。しかし、現時点ではまだプロトタイプの段階なのでサービス・ソリューションとしては不足している要素が多々あります。実用化のためには「なんか心地よい」というなかのこの「なんか」の感覚をさらに言語化する必要があります。
具体的には、脳波でリラックス度を測定するなど、「心地よさ」の数値化を図ることですね。あと、今回150名を超える来場者のみなさまにフィードバックをいただき「(un)FORM」の概念がアップデートされたので、今後は社外への発信にも注力しながら、違った角度でのアプローチや新しいアイデア創出に取り組み、社内外問わず多様な方との共創につなげていきたいです。
【お問い合わせ】
もしご興味を持たれた方がいらっしゃいましたら、下記へご連絡いただけますと幸いです。
Profile
中内 菜都花(なかうち・なつか)
パナソニック株式会社 空質空調社 企画本部
2012年入社。住宅設備・B2B2CのUIUX/サービスデザインを担当後、先行開発に特化した社内デザインスタジオFUTURE LIFE FACTORY、商品カテゴリーや事業を越えた横断デザインの統括部門を経て、2021年10月より空質空調社デザインセンターUXデザイン課に所属。B2Bの業務用空調管理システムのUXデザインをはじめ未来起点の先行活動まで幅広く取り組んでいる。
私のMake New|Make New「心地よさ」
いると、使うと、なんだか心地よい、そんな体験をつくっていきたい。
吉田 珠里(よしだ・じゅり)
パナソニック株式会社 空質空調社 企画本部
2014年入社。製品開発~R&Dを経て、2020年よりデザインセンターに駐在しUXデザインに携わる。2022年4月より空質空調社デザインセンタービジネスデザイン課に所属し、AIR HUB TOKYOにおける顧客共創活動を推進。水改質技術研究の経験から生活水に関するUX推進活動に従事。
私のMake New|Make New「小さな幸せ 」
なんか嬉しい、そんな暮らしの土台づくりを空気と水で叶えたい。
峯川 立也(みねかわ・たつや)
パナソニック株式会社 空質空調社 企画本部
2022年入社。UIUXデザイナーとして業務用空調を中心にプロトタイプUI制作や施工業者様へのヒアリングに従事。2022年4月より空質空調社デザインセンタービジネスデザイン課に在籍。空気質見える化の操作UIをはじめ、業者施工性向上のためのプロダクト検討など幅広く手がける。
私のMake New|Make New「Smile」
心地よい空気で多くの人が自然と微笑むような空間をつくりたい。