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カーボンニュートラルの推進にあたり、EV(電気自動車)の普及は欠かせない。しかし、日本国内におけるEVの年間販売台数は、新車全体の1%にも満たないのが実情だ。そのボトルネックの一つとなっているのが、EVを充電するEVチャージャーが十分に普及していないこと。
この課題を解決するべく、2022年11月にスタートしたのが、パナソニック、みずほ銀行、損害保険ジャパンによる共創プロジェクト「everiwa Charger Share」(エブリワ・チャージャー・シェア)だ。EVを充電したい人と、EVチャージャーを貸し出したい人をつなぐシェアリングプラットフォームを提供することで、既存のEVチャージャーを有効活用するとともに、基礎及び目的地充電インフラのさらなる普及拡大を目指している。
また、本サービスの始動に合わせ、社会課題を解決するための共創型コミュニティ「everiwa」(エブリワ)も設立。これから多くの企業・団体をメンバーに迎え、業種や領域を越えた多くの共創プロジェクトを生み出していく狙いがあるという。その背景にある思いや課題、展望について、everiwaを主導した玉川篤史(パナソニック株式会社 エレクトリックワークス社 新規事業推進室室長)、柿原愼一郎氏(株式会社みずほ銀行 デジタルイノベーション部 部長)、丸木崇秀氏(損害保険ジャパン株式会社 経営企画部 特命部長)に聞いた。
EV充電のシェアリングサービスとは?
――everiwa Charger Shareは、EV(電気自動車)を充電するための「EVチャージャー」を所有する人とユーザーをつなぐシェアリングサービスということですが、どのような仕組みなのでしょうか?
玉川everiwa Charger Share は、EVチャージャーのオーナーである「ホスト」と、それを利用したいEVユーザーをつなぐシェアリングプラットフォームです。すでにEVチャージャーを所有している方、あるいはこれから設置される方は、アプリでの簡単な登録と、EVチャージャーに2次元コードのステッカーを貼りつけるだけでホストになることができます。EVチャージャーを貸し出す時間帯や利用料金はホストが自由に設定することが可能。ユーザーはその料金や時間、場所などを比較したうえで、スマホアプリからEVチャージャーを予約するという仕組みになっています。
――たとえば、個人宅の駐車場などにあるEVチャージャーなどを、一般に解放するというイメージでしょうか?
玉川さまざまなパターンが考えられます。おっしゃるとおり、戸建て住宅に設置されたEVチャージャーを貸し出すケースもあれば、マンション内にあるものを開放するケース、あるいは街の商業施設やお店などがお客さん用に設置しているEVチャージャーを開放するケースもあるでしょう。基本的に、外部からアクセスできる駐車場に設置されているEVチャージャーであれば、問題なく登録いただけます。
――今回は、みずほ銀行、損害保険ジャパン(以下、損保ジャパン)との3社共同事業となっています。各社の関わり方を教えてください。
柿原EVチャージャーの利用料の決済は現金ではなく「everiwa wallet」というキャッシュレス決済サービスによって行なわれます。既存の事業を通じて得られたキャッシュレス決済の知見をもとに、everiwa walletの開発を行ないました。
EVチャージャーのシェアリングは、単純に物を売買する際の決済とは異なり、さまざまな状況を考慮する必要があります。たとえば、2日後の予約が確定した際には、一旦ユーザーのWallet残高をシステム上でロック、無事に利用が完了した場合のみ決済されます。しかし、何らかの事情でキャンセルになる可能性もある。その際には速やかにロックを解除しユーザーに返金できるようにするなど、取引ごとに柔軟な対応が必要です。ホストとユーザーがストレスなく取引できるよう、パナソニックさんと協議しながらサービスを設計していきました。
丸木私たち損保ジャパンは、損害保険会社としてリスクという観点からサービスをお支えする役割を担っています。今回のeveriwa Charger Shareでいうと「ホスト」「ユーザー」、そしてサービスを提供する「プラットフォーマー」の3者のリスクを包括してカバーできる保険を用意しました。
たとえば、EVチャージャーが損傷した場合を想定すると、ホスト側にとっては自身が所有する資産が毀損したことになります。ここで、損傷の原因がユーザーの車にあった場合は、ユーザー側にホストに対する賠償責任が発生する可能性があります。ただ、どのユーザーの車による損傷か特定できない場合など、ユーザーの自動車保険が適用できない可能性も考えられます。こうした複雑なリスクに対して、さまざまなケースを具体的に一つひとつ想定して保険を設計し、ワンストップで補償を提供できるようにしました。
EVもスマホ感覚で「ちょい足し充電」ができる世界を
――ヨーロッパや中国などと比べると、日本ではEVの普及があまり進んでいません。基礎充電のインフラの整備が不十分であることも理由の一つかと思いますが、今回のプロジェクトにはEVチャージャー自体の普及を促進していく狙いもあるのでしょうか?
玉川もちろん、それも目的の一つです。そもそも、私たち新規事業推進室は、エレクトリックワークス社のなかでも、社会課題の解決に重きを置いて活動しているチームになります。さまざまな社会課題についてチームで議論を重ねるなかで、カーボンニュートラル推進を目指すうえで避けてとおれないEVの普及にあたって、充電インフラを世の中にしっかり実装していくべきだろうという結論に至りました。
――政府は2030年をめどにEV向け急速充電器を3万基まで増やすという目標を掲げていますが、everiwa Charger Shareで登録できるのは急速充電器ではなく「普通充電器」です。なぜ短時間で充電できる急速充電ではなく、普通充電が対象なのでしょうか?
玉川たしかに急速充電器は便利ですが、普通充電器に比べてバッテリーの劣化が早いというデメリットがあります。また、導入コストも高く、1台設置するのに1,000万円単位のお金がかかります。これを一般の方が設置するというのは現実的ではありません。一方で、安価な普通充電器は一般家庭にも広く普及しつつあります。
ですから、急速充電器は社会インフラとして国や地方自治体が整備し、より経済合理性が高い普通充電器は、民間企業などが事業として普及促進していくかたちが望ましいのではないかと思います。基本的に、自宅や自宅の近隣で、ある程度の時間を使って充電するのであれば、普通充電器で十分に事足りるわけですから。
あるいは、出先でバッテリー残量が少なくなったときに、1時間や2時間かけて「ちょい足し充電」をするようなケースを考えて、観光地などにも普通充電器があると便利です。スマートフォンを充電するような感覚で使える普通充電器が増えていけば、EV自体の普及促進にもつながるのではないでしょうか。
パートナー企業との共創で社会課題を解決するコミュニティ「everiwa」
――everiwa Charger Shareのサービス開始と同時に、カーボンニュートラルを実現する新しいコミュニティとして「everiwa」を設立しました。立ち上げの背景や理念を教えてください。また、具体的にどのような活動をしていくのでしょうか?
玉川everiwaは、さまざまなパートナー企業と共創プログラムを運営するためのコミュニティです。カーボンニュートラル推進のような大きな社会課題を解決しようと思ったときに、私たちパナソニックだけでできることには限界があります。今回のeveriwa Charger Shareでも、みずほさんの得意な部分、損保ジャパンさんが得意な部分、パナソニックが得意な部分をかけ合わせてサービスができています。
今後もeveriwaでは環境問題をはじめとする社会課題に対し、産業界全体を巻き込んだオープンイノベーションによって解決していくプロジェクトを立ち上げていきたいと考えています。
――みずほの柿原さん、損保ジャパンの丸木さんは実際にパナソニックから今回のプロジェクトの打診を受けたとき、率直にどうお感じになりましたか? また、実際に共創に至った決め手は何だったのでしょうか?
柿原ハードの印象が強いパナソニックさんだったので、最初は驚きました。しかし、お話をうかがいながら世の中に充電インフラを整備していく社会的意義は強く感じましたし、是非ご一緒したいと思いました。また、私たちがこれから手がけていきたいビジネスの方向性と合致していたことも、共創を決めた大きなポイントの一つです。
もともと、みずほでは世の中のさまざまなサービスに対して、決済インフラを提供する事業を展開したいと考えていて、2022年にはその第一弾としてヤマト運輸公式アプリと連携したスマホ決済サービス「にゃんPay」の提供を開始しています。この決済インフラ事業をさらに広く展開していきたいと考えていたところに、パナソニックさんから今回のお話をいただきました。ですから、われわれ自身のビジネスの新しい知見を得るという意味でも、取り組む価値のあるプロジェクトだと感じました。
丸木私たちは、お話をいただいた当初から前のめりになりました。というのは、当社のなかに、「従来と変わらない保険会社であっては、お客さまに価値を提供し続けることはできない」という強烈な危機感があったからです。損保ジャパンは「Innovation for Wellbeing」をブランドスローガンに掲げていて、単に従来型の保険を販売するだけでなく、お客さまや社会の課題解決につながる幅広い価値を生み出すことを目指しています。そのためにはむしろ「保険あたま」をいったん捨てて、さまざまな発想で商品・サービスの開発にトライしていく必要があると考えていました。
カーボンニュートラル社会の実現に向けて重要な役割を担うEV、その技術が浸透するための課題を解決するプラットフォームの構築という、極めて社会的意義の大きなチャレンジに参加できるのは、とても魅力的でしたね。
――3社協業にあたり、苦労した点や戸惑ったことなどがあれば教えてください。
丸木いままでにないまったく新しい仕組みを世に出すというプロジェクトでしたので、やはり前例がないなかでいかにつくり上げていくかが最も難しかったと思います。個々の局面では、なかなか話がかみ合わない、という状況もあったと聞いています。
私たちにとっても、保険はもともと過去の事故ヒストリーから統計的にリスクを見積もって設計する商品ですので、まさに従来の保険の常識を超えた考え方が必要になりました。
玉川当初はやはり、コミュニケーションの部分で苦労することもありました。もちろん、文化の違いはあれど「こういう世界をつくっていこう」という大きな方向性については3社で共有できていましたが、もう少し細かなディテールの部分に入ってくると、どうしてもそれぞれの会社の利益について考えざるを得なくなる。そこで利益相反みたいな話が出てくると途端に議論が進まなくなったり、ときには険悪になったりしてしまうことも現場レベルではあったと思います。
――そうやって議論が停滞してしまったとき、どのように解決されたんですか?
玉川自社の主張のせめぎ合いになってしまうと、どうしても議論が進まなくなってしまいます。そこで、現場レベルでコミュニケーションの問題が起きたときには各社チームのトップレベルで話し合いの場を持つなどして「もともとの目的が何だったのか」という原点に立ちかえるようにしていました。そのうえで、譲歩する部分や、それでも各社として主張すべき部分を整理して、何とか擦り合わせていったという感じですね。
柿原コミュニケーションギャップという点でいうと、当初は3社の文化や言葉の使い方の違いにも戸惑いました。たとえば、同じ言葉を使っていても、パナソニックさんではそれは「A」という意味で、みずほでは「B」という意味だったりします。その違いを認識しないままコミュニケーションしていると、お互いに共通理解を得られていると思っていたのに、工程が進んだ段階でじつはズレていたことが発覚してしまう。
ただ、これは複数の会社同士が連携していくプロセスにおいて、必ず起こることだと思います。解決するには、やはり粘り強くコミュニケーションをとっていくしかない。遠慮をせずにそれぞれが忌憚なく意見をぶつけあって相互理解に努め、現場レベルで解決できないときには上のレイヤーで双方の主張を聴きながら落としどころを探っていく。そういうことを繰り返していった結果、私たちも最終的にはワンチームになれたように思います。
丸木異なる組織が協働する際は、「会話」でなくて「対話」がとくに重要と言われます。お互いの相違点やすり合わない点にあえてフォーカスしつつ、それを乗り越えていくために、このプロジェクトに関わった全員が粘り強く努力し続けたからこそ、成し遂げられたのではないでしょうか。
玉川結局、最初はみんな企業の看板を背負っているんですよね。でも、本気でそのプロジェクトのことだけにコミットできていれば、パナソニックや損保ジャパン、みずほの人ではなく、ただの玉川、丸木さん、柿原さんとして話ができるはずです。それがワンチームになるということだし、everiwaはそういうコミュニティでありたいと考えています。
社会を本気で変えるために、大企業の力を少しずつ持ち寄る
――玉川さんにうかがいたいのですが、今回の共創を経て学んだことや、新たな気づきなどはありましたか?
玉川みずほさんも損保ジャパンさんも、現状に大きな危機感があり、「変わらなければいけない」という強い思いを抱いていることを感じました。その切実さに対して、パナソニックはどこまで本気で変わろうとしているのか、あらためて考えさせられる機会になりましたね。
特に、私たちエレクトリックワークス社は前身であるパナソニック電工から数えると非常に長い歴史があり、それゆえに保守的な文化や考え方に支配されているところもあったと思います。現に、これまでにも革新的な構想を打ち立てたはいいものの、社内的な事情に阻まれて実現しなかったプロジェクトも数多くあります。
大切なのはその壁を打ち破り、いかにエグゼキューションするか。そういう意味で、今回のeveriwa Charger Shareは大きな成功事例になったのですが、これで終わらず今後もどんどん新しいことをやっていかないと、本当に変わることはできないと思います。
――そういう意味では、everiwaにかかる期待は大きいですよね。今回のeveriwa Charger Shareに続き、このコミュニティからどんな共創プロジェクトが生まれるのか楽しみです。最後に丸木さんと柿原さんにおうかがいしたいのですが、everiwaのコミュニティの一員として、これから実現したいことはありますか?
丸木損保ジャパンとしても、everiwaのコミュニティを通じて新しい価値をどんどん生み出し、社会をよりよくトランスフォームさせていくための一翼を担えたらと思います。当社は今年で創業135年なのですが、地域のなかで損害保険という機能を発揮し続けて成長してきた歴史があり、地域社会のほとんどのステークホルダーとつながっています。特に、カーボンニュートラルや自然災害の激甚化・頻発化といった昨今の課題に対するレジリエンスの強化、そのための地域社会の活性化は当社にとって大事なテーマの一つです。
リスクの専門家として、今回のように多様なプレイヤーと協働し、地域のレジリエンス強化に貢献することが当社の使命であり、そのためにできることを、これからもeveriwaの一員として模索していけたらと思います。
柿原私たちみずほも、同じ思いです。共創コミュニティとしてのeveriwaの理念には心から共感していますし、EVチャージャー以外の事業でも積極的にコミットしていけたらと考えています。
その一方で、カーボンニュートラルやSDGsといったテーマは抽象的かつ壮大すぎて、多くの企業が「これを実現する」という目標を掲げているものの、具体策にまで落とし込めているケースは多くありません。結局のところ、これを本気で実現するには、一つひとつ地道な課題をクリアしていくしかないのだと思います。
今回のEVチャージャーを増やしていく試みも、その一つです。十分な充電インフラを整備するためには、もしかしたら3年、5年という時間がかかるかもしれません。それでも、地に足をつけて地道に活動を続けていくことが必要なのではないでしょうか。everiwaという枠組みのなかで大企業が少しずつパワーを持ち寄れば、それが実現できるはずですし、みずほもそのメンバーの一員として長くおつき合いしてければと思っています。
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Profile
玉川 篤史(たまがわ・あつし)
パナソニック株式会社 エレクトリックワークス社 新規事業推進室室長
2020年キャリア入社。新規事業推進室室長として社会課題を捉えた新規事業創出をリード。everiwaの立ち上げと推進の責任者を務める。
私のMake New|Make New「Change」
多様な価値観・情熱・実行力に基づき、既存のやり方にとらわれず社会課題を解決し続け、個がそれぞれのより良いくらしを追求できる社会を実現する。
柿原 愼一郎(かきはら・しんいちろう)
株式会社みずほ銀行 デジタルイノベーション部 部長
1993年入社。業務プロセス改革やコスト構造改革を推進、RPAの社内導入や働き方変革に従事。2018年4月よりデジタルイノベーション部に在籍。スマホ決済サービス「J-Coin Pay」をはじめ、組込型決済サービス「ハウスコイン」などを手がけている。
丸木 崇秀(まるき・たかひで)
損害保険ジャパン株式会社 経営企画部 特命部長
1999年入社。企業営業や海外駐在、内部監査、商品開発、財界活動など幅広い業務に従事。2021年年4月よりサステナビリティ推進部(その後経営企画部)に在籍。損害保険会社としてのESG全般の取組みや、全国の地域社会と連携した社会価値創出の推進等を手がけている。