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京都を舞台に開催される国際的な写真祭「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2023」。第11回目となった今回、パナソニックが初めてゴールドスポンサーとして参加。アクリル板ではなく空気を使った「エアー・パーテーション」を象徴に、テクノロジーとアートの融合に挑戦した本プロジェクト。KYOTOGRAPHIE共同創設者/共同ディレクターである仲西 祐介さんと、パナソニックでKYOTOGRAPHIE協賛プロジェクトをリードした空質空調社 ブランド戦略室の佐々木 厚に話を聞いた。
一致したのは利害だけでなく「新しいものを作っていこう」という気概
──「KYOTOGRAPHIE」への協賛に至った経緯を教えてください。
佐々木実は、KYOTOGRAPHIEとコラボレーションしたいという想い自体は4年ほど前から持っていて。当時、わたしは "一人のデザイナー" として、パナソニックのデザイン部門「Panasonic Design Kyoto」に在籍していました。京都にいるからにはKYOTOGRAPHIEと何か一緒にしたい、とぼんやり思いつつも実行には至らず。時を経て、パナソニックの空質空調社のブランディングに携わる立場になり、協賛への糸口を見つけたのがスタートです。
パナソニック 空質空調社
空質、空調技術の強みを掛け合わせ、室内空間における新たな空質価値を創造し、省エネで健康かつ快適な環境実現に貢献するパナソニック株式会社の一つの分社。
仲西初めて佐々木さんとお話をしたのは、2022年の11月下旬、KYOTOGRAPHIE開催まで残り4ヵ月ほどのタイミングでした。スケジュール面での心配はありましたが、協賛を進めたいと思った理由はいくつかあって。
いちばんの決め手は、パナソニックさんが持つ技術が、我々の持っていた課題に合っていたことです。昨年までの3年間は感染症対策を徹底していたのですが、今年は次のステージに進むために過度な対策は控えたいと考えていました。
仲西とはいえ、来場者20万人を超えるフェスティバルなので、何かしら手を打つ必要はある。どうしようかと悩んでいたタイミングで「空気を綺麗に保つ」という技術のご提案をもらったんです。
佐々木課題のすり合わせができた段階で、我々が持っている空気の技術を体感いただきながら、新たな可能性を一緒に探るため、空質空調ソリューションの顧客共創施設「AIR HUB TOKYO」に来ていただきました。
仲西ラボを見学して、まず技術の高さに驚きました。さらに、直接お会いした社員の方々から「新しいものを作っていこう」という気概が伝わってきて。これは何か面白いことが一緒にできそうだと、可能性を感じましたね。
──ある種、作品を作るアーティストと共通する点もありそうです。さまざまな点でKYOTOGRAPHIEとの親和性を感じられたんですね。
仲西KYOTOGRAPHIE 2023のテーマは「BORDER」です。パンデミックによって、人と人の間には目に見えないボーダーが生まれてしまいました。でもよく考えると、目に見えないボーダーというものは、もっと前から世界中には張り巡らされているんですよね。
仲西ボーダーを守るにせよ、超えるにせよ、まずは意識することが必要です。今回のKYOTOGRAPHIEでは、見えないボーダーを写真の力で可視化することで、意識する機会を作りたいという想いがありました。
だからこそ、フェスティバルのインフォメーションセンターである八竹庵の「エアー・パーテーション」という「目に見えないボーダー」はすごく意味深い存在でした。さらに、感染対策となる技術が入り口にあることで、来場者にも安心して入っていただくことができたと思います。
エアー・パーテーションテーブルの誕生。課題を美しく解決するデザインへのこだわり
──「エアー・パーテーションテーブル」は「AIR HUB TOKYO」見学時に生まれたんですか?
佐々木もともと「風を利用した安全な受付を実現するテーブル」という素案はありました。テーブル上面から降り注ぐダウンエアーが、呼気の滞留を抑えてパーテーションの役割を果たすというものです。「AIR HUB TOKYO」の見学によって仲西さんとイメージのすり合わせがうまくできたと思います。
そこから、テーブルを設置する八竹庵(旧川崎家住宅)の担当スタッフの方々と打ち合わせをしながら、具体的なデザインに落とし込んでいきました。現場で働く方にヒアリングさせていただくと、想定していなかった要望がいくつも出てきました。たとえば、「他の展示場所を示すために地図を広げるから、天面はフラットになってるほうがいい」とか、「いろんな資料を入れておきたいから、内側の棚はたくさんあったほうがいい」とか。
仲西求めていたことが、ものすごいスピードで反映されていくのを見て驚きました。さらに、デザインも妥協せずに取り組んでいただき、想像していた以上のものが仕上がりました。
企業から協賛をいただくうえで気を付けることは、商品を並べただけのデパートにならないようにするという点です。商品提供という"かたち"も当然ありがたいのですが、ブランドの印象が強くなりすぎてアート作品がかすんでしまっては本末転倒。それぞれの企業やブランドが持つ良さを活かしながら、空間にインテグレートするデザインが重要なんです。
佐々木我々としても、ただ商品を提供するだけの "よくあるかたち" は避けたいと考えていました。今回の協賛を通してやりたかったのは「新しい切り口」に挑戦することです。KYOTOGRAPHIEという、デザインにこだわりを持ったフェスティバルに関わることで、社外だけでなく、社内にもインパクトを与えられると考えました。実際、製作に関わったメンバーは"良い目"をしていましたし、熱意を持って取り組んでくれたと感じています。
パナソニックが持つ空調技術とアート作品のコラボレーション
──写真家Roger Eberhard(ロジャー・エーベルハルト)氏の作品とのコラボレーションも実現されていました。
仲西彼の作品は、コーヒーフレッシュにプリントされた世界中の風景写真を高精度カメラで切り取り、大きく引き伸ばして作られています。蓋は、パンデミックで外に出られなかった自粛期間に「現実逃避」と称して集めていたのだそうです。今回コラボレーションしたのは、展示のなかでも最も大きいマッターホルンの写真作品。
「マッターホルンの写真からスイスの風が吹き下ろしてくる」という発想は、パナソニックのショールームで見た送風装置がきっかけでした。
スリット状の細い吹き出し口から送られてくる、自然に近い風がとても心地よくて。風を受けた瞬間にひらめいたんです。さらに、どこから風が吹いているか分からない仕様にすれば、もっと自然に近い表現ができるかもしれないと。
佐々木風は、風量や風圧、吹き出し口の向きなどを少し変えただけで流れが大きく変わってしまう繊細なもの。仲西さんがイメージする風を再現するためには、綿密な風路設計が必要でした。
仲西この作品を展示している嶋臺(しまだい)ギャラリーはとても古い建物です。作品の裏には動かしてはいけないものがたくさんあるので、設置にも細心の注意を払いながら進めてもらう必要がありました。
佐々木パナソニックの担当設計者、KYOTOGRAPHIEの展示空間デザイナーと仲西さんを交え、どのようにして「来場者には見えない、気持ちのいい風が吹いてくる」という環境を実現できるのかを喧々諤々の議論を施工中のギャラリーで行いました。
仲西多くの制約があるなかで情熱を注いで取り組んでいただいたおかげで、良いものを作ることができましたね
組織のボーダーを超え、「オール・パナソニック」としての取り組みへ
──協賛に向けて、特に難しかった点や、苦労した点はどこでしたか?
佐々木仲西さんもおっしゃっていた通り、スケジュール面での心配はありました。あとはこの協賛に力を結集する意義を、社内で丁寧に説明する事でした。
パナソニックとしても、このように大きなアートフェスへの協賛は、過去にもなかなかありません。「さあ協賛しましょう!」と想いを語るだけでは、多くの人を巻き込むのは難しい。今回の協賛によって、パナソニックや空質空調社にどれだけ良いことがあるのかを論理的に組み立てる必要があって。簡単なことではありませんでしたが、とにかく知恵を絞って、関係者に理解してもらえるよう努めました。
ありがたいことに、弊社の経営層には理解を示していただきました。「中期的な関係を築いていくようなチャレンジをしてみなさい」という言葉もいただいて、改めて「この会社いいなぁ」と思えたりも(笑)
佐々木前向きに話を進めていく途中で「オール・パナソニックでやろう」という発展も生まれました。作品の展示照明に適したスポットライトなどの電気設備、カメラのLUMIX、オーディオのTechnicsも含めて、さまざまな接点でKYOTOGRAPHIEをサポートをさせていただいています。
仲西すごいですよね。照明も、カメラも、スピーカーも、パナソニックには、アートフェスティバルに必要なものがたくさん揃っている。
佐々木その分調整は大変でした。だけど、意志や情熱を持って問えば、ちゃんと答えてくれるメンバーがパナソニックにはたくさんいます。経営層や関係者の利害をうまく折衝しながら、かつKYOTOGRAPHIEのみなさまの思いを叶えるために、我々ができることを一つひとつ考えて作ってきた感覚です。
今回のKYOTOGRAPHIEとパナソニックのように、それぞれ違う立場の人達がボーダーを超えて、新しいものを作る喜びを分かち合えたことはすごく良かったと思っていて。今後は京都だけでなく、日本中の展示会にも役割を広げられるという確信があります。
技術で広がる写真の可能性。未来のKYOTOGRAPHIEに向けて
──最後に、今後挑戦したい取り組みについて教えてください。
佐々木アートとテクノロジーをかけ合わせた、新しい体験価値の創出に挑戦したいと思います。今回「風を感じられる写真」という作品をひとつ置くことができましたが、風に縛られなくてもいいと考えていて。ミストや光、香りなど我々の持つ技術を使いながら、アートの可能性を広げていきたいです。
仲西「KYOTOGRAPHIE」は名前の通り「フォト」作品の展示をメインとしていますが、年間を通してトークイベントやワークショップもおこなっています。そういった写真展以外の場面でも、何かご一緒できたらいいなと思いますね。
作品が持つテーマにおいても、環境問題や社会問題など幅広く取り扱っているので、パナソニックさんの方向性に合う形で連携できればと思います。そのためには、パナソニックさんがどういった思想を持っていて、何を目指す企業なのか、もっと知っていく必要があります。今後はさらに深く理解したうえで、我々からも新しい提案をしていきたいです。
佐々木それから、成功に終わろうとしている今イベントを、社内外多くの人に知ってもらうことも重要です。パナソニックには、多様なデザイナーやエンジニアがいて、様々なアイデアを持っています。僕自身、このKYOTOGRAPHIEに参画できてとても楽しく充実していました。この先はより多くの人と一緒に作っていきたいと思っています。
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Profile
佐々木 厚(ささき・あつし)
パナソニック株式会社 空質空調社 経営企画担当 企画本部
2007年キャリア入社。国内の美術大学卒業後、欧州に渡り10年弱各国でのメーカーや多数のデザイン事務所での経験を経てパナソニックへ。LUMIXをはじめとする光学機器を中心に、車両メーカー向けのコクピットデザインなど、幅広いプロダクトデザインに従事。その後、本社経営企画部門を経て、2023年よりパナソニック 空質空調社のブランド戦略室と社内カルチャー改革プロジェクトリーダーを兼務。デザインと経営の視点を軸としたクリエイティブ領域の拡大による「デザイン経営」を実践中。
私のMake New|Make New「デザイン×アート×経営」
モノやコトのデザインを超え、アートの視点を持ちながら経営や会社をデザインする事で、関わる全ての人をよりクリエイティブにして会社を進化させていきたい。
仲西 祐介(なかにし・ゆうすけ)
照明家。1968年福岡県生まれ、京都在住。世界中を旅し、記憶に残されたイメージを光と影で表現している。ミュージックビデオ、映画、舞台、コンサート、ファッションショー、インテリアなど様々なフィールドで照明演出を手がける。アート作品として「eatable lights」「Tamashii」などライティング・オブジェやライティング・インスタレーションを原美術館(東京)、School Gallery(Paris)、「Nuits Blanche」(京都)などで発表する。2013年、写真家ルシール・レイボーズと共に「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」を立ち上げ、ディレクションを行なう。2022年、下鴨神社で行なわれたヴァンクリーフ&アーペルのエキシビション「LIGHT OF FLOWERS」のクリエイティブ・ディレクションを手がける。2023年、ルシール・レイボーズと共に「Borderless Music Festival KYOTOPHONIE」を立ち上げる。