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1965年のブランド誕生からおよそ60年。2010年に一度は生産を休止したものの、パナソニック社員や世界中のオーディオファンの情熱によって2014年に復活したTechnics(テクニクス)。以来、ハイエンドなスピーカーからくらしのそばにあるインサイドホンまで、幅広いオーディオ製品を生み出し続けている。昨年末には、より多くの人に上質な音を届けるための拠点として「Technics café KYOTO」がオープン。臨場感あふれる音が響くこの場所を舞台に、約25年にわたりテクニクス製品を担当してきた上松泰直と、異業種とのコラボレーションなど新鮮な取り組みを続ける伊部哲史に話を聞いた。テクニクスが目指す、オーディオと音楽、そしてカルチャーの良好な関係性とは
「もう一度、音で勝負したい」という社員の想いが形に
上松テクニクスは1965年のブランド誕生以来、アナログレコードプレーヤーやアンプ、CDプレーヤー、スピーカーなど、数多くのオーディオ商品を世の中に届けてきました。しかし、オーディオの楽しみ方が"スピーカーから出る音を身体で浴びる時代"から"外へ持ち出して楽しむスタイル"へ変化するのに伴って、ヘッドホンステレオやポータブルCDプレーヤー、半導体オーディオなどが広く普及し、ピュアオーディオの市場が衰退。1990年代頃にはロングラン生産がゆえにいくつかの主要部品が入手困難になってしまい、かつては5万円台で販売していたDJターンテーブル「SL-1200シリーズ」の価格が8万円近くに...。そういった影響や、ターンテーブルのデジタル化が徐々に進んだことで「SL-1200シリーズ」の販売に陰りが見え、経営判断により2010年に惜しまれながらブランドを休止することになりました。
ブランドの活動がなくなったにもかかわらず、パナソニック社内には高級オーディオの可能性を自主研究する技術者やエンジニアがいました。仕事が終わってから、みんなで集まって試作品を作ったりしていたんです。初めは技術者だけでしたが、徐々に商品企画や営業チームも巻き込んでいき、2013年からは正式プロジェクトとして始動。その甲斐あって、2014年にテクニクスの復活が実現しました。
私はブランド休止のあと社内の違う部署に所属していたのですが、2014年3月にテクニクスが復活するから戻ってこいと再び呼ばれました。ただ、専任が1人では手が回らないので、当時九州で技術職をしていた伊部さんにも参加してもらいました。
――有志の方々がブランド復活へ向けて動いていたのは、これからレコード業界が再び盛り上がりそうだという予感があったからなのでしょうか?
上松いや、そんなことはないんです。ただただブランドへの情熱や熱意で動いていましたね。「もう一度音で勝負したい」という気持ちが、パナソニック社内にあったんだと思います。アイデアを練るだけでなく、試作機を作っていたのがブランド復活の大きな決め手となったのではないでしょうか。オーディオの魅力は、実際に音を聴いてみないと伝わりませんから。
世界中のファンの声に応えて再び登場した名機「SL-1200」
――近年は、若い世代の間でもレコードが人気です。2016年にテクニクスが「SL-1200」を再発売したこともブームの一因となったと思うのですが、商品化にはどんな背景があったのでしょうか?
上松実は、2014年のブランド復活時には、商品プランの中にレコードプレーヤーは存在していませんでした。当時はハイレゾなどデジタル路線を極めようと考えていたんです。しかし、ベルリンのIFA(国際コンシューマ・エレクトロニクス展)で発表した際に「テクニクスといえばアナログだろう」という声を多くいただいて。そのうちに世界中で署名活動が始まり、日本の販売店さんが企画した「『SL-1200』に感謝の手紙を書こう」というコーナーに何百人もの人々がメッセージをくださったんです。
皆さんが求めてくれるならと再発売を目指しましたが、かつてアナログプレーヤーを担当していたエンジニアはみんな50代後半になっていましたし、あと何年会社に残ってくれるだろうか...という状況。社内の様々な部門や、テクニクスのOB、関係会社の方々にも協力していただきながら、なんとか「SL-1200」を復活させることができました。
――長らく愛されてきた旧モデルを完全復刻するか、最新版にアップデートするか、という選択肢があったと思います。そういった商品プランはどう決めていきましたか?
上松昔の技術をできる限り再現したプランから、最新の技術をフルで詰め込んだプランまで、大きな価格差がありました。一番高いプランは33万円。かつて5万円ほどで売っていたことを考えると、ものすごく高いじゃないですか。いきなりこんなものを発売したらお客さんが驚くんじゃないかと心配しました。でも、せっかく技術者が「こんなことができます」と提案してくれているのに、それを採用しないのはナンセンスだと考えたんです。久しぶりに世に出す製品だから、今のテクニクスが出せる最高の音を届けたかった。そして最終的に、技術をてんこ盛りにした最も高価なモデルを「SL-1200GAE」として発売しました。
あまりに久しぶりだし、価格もかなり上がったし、生産台数の設定にはかなり迷いました。伊部さんや社内関係者と話し合いの末、「多少残るリスクはあるが、国内の限定販売台数300台にしようか」と恐る恐る決めました。すると、驚くことに、予約の開始時間にオーダーが殺到してしまい...。急いで完売のアナウンスを出しましたが、既に300以上の受注をしてしまったので、製品を届けられなかった各地のお店やお客さまへ1年くらいかけて謝りに行きました。それで急遽、「SL-1200」の標準バージョンとなる「SL-1200G」を発売。以降は、多くの方々へ商品を届けることができました。
伊部その頃、CDやハイレゾなどデジタル音源が主流で、レコードは一部で少し話題になりつつあるくらい。「SL-1200」再発売のインパクトが多少なりともあったのか、それから数年でレコードの売り上げが少しずつ伸びていき、プレーヤーを発売する競合メーカーも増加しました。アメリカでは1987年以降初めてレコードの販売枚数がCDを上回り、全世界的にレコードブームが続いていて、その勢いがテクニクスにとって追い風になっていると感じます。
音楽ファンとオーディオファンの垣根をなくす
――現在は、スピーカーやDJ機器のほかにイヤホンやヘッドホンなどの製品も販売していますね。
上松ハイエンドなオーディオを扱う「Reference Class」、次世代のHiFiを届ける「Grand Class」、音楽を愛するすべての人へ向けた「Premium Class」の3セグメントを展開しています。音の入口となるアンプから出口のスピーカーまでシステムが揃っているため、表現したい音を正確に届けられるのもテクニクスの特徴です。オーディオ初心者からマニアの方まで満足してもらえるよう、どの製品も共通して"テクニクスの音"に仕上げています。
――メディアでのコンテンツ発信やイベントの開催、アパレルブランドとのコラボなど、製品を届ける以外の取り組みも積極的に行っていますが、そこにはどんな狙いがあるのでしょうか?
上松音楽はカルチャーの1つです。音楽にアートやファッションなど異なるジャンルのカルチャーを組み合わせることで、新しい価値が生まれるのではと考えました。やはりカルチャーのうねりを作るのは若い世代だと思うので、いろんなところとコラボレーションさせてもらうことで、普段は届かないような層にテクニクスを知ってもらえたらなと。ちなみに、私が今着ているジャケットも以前〈ZARA〉とコラボしたアイテムです。
伊部ありがたいことに、コラボレーションに関しては相手側からお誘いいただくことが多くて。ガチャガチャで販売するミニチュアフィギュアを作ったり、現在はアパレルブランドとして展開するレコードショップ〈WAVE〉とコラボアパレルを販売したり、いろんな取り組みに挑戦してきました。
伊部このレコードは、アンプやスピーカーなどの音響環境を正しくセッティングするための「Audio Check Track」です。小山田圭吾さんに制作を依頼し、音響をチェックするだけでなく楽曲としても楽しめる内容にしていただきました。最近はスマホでの音楽鑑賞が一般的になり、再生環境を確認するという習慣がないかと思います。これまでオーディオマニア向けのアイテムだったオーディオチェッカーを音楽的にも楽しめ、オーディオの魅力を引き出す楽曲に仕上げ、幅広い層へ届けることで、新鮮な体験を提供できたのではと実感しています。
――古くからのオーディオファンも、新しい層も、双方が楽しめるユニークな取り組みですね。ここ数年のさまざまな取り組みを経て、手ごたえはありますか?
上松ブランドのファンが徐々に増えてきているという実感はあります。はじめはイベントをやってもなかなか人が集まらなかったのですが、最近は集客力が上がってきていて。先日開催したアナログレコードライブも、150人ほどのお客さんが集まってくれて。約1時間半、音の解説をしながらみんなでレコードを楽しみました。
より多くの人にテクニクスの音を体感してもらえる場所づくり
――このTechnics café KYOTOも、より幅広い層へテクニクスの音を届けるための拠点となっていますね。
上松テクニクスへのタッチポイントとなるオープンな体験空間や、グローバルな情報発信拠点を目指し、ブランドサステナビリティ100年へ向けた構想の1つとして誕生しました。出店地は東京や大阪なども検討しましたが、最終的には、学生やインバウンド客も多く、さまざまなカルチャーの交流地でもある京都に決定しました。さらに、このエリアにはレコードショップがなんと20店以上もあるんです。近隣の店に協力してもらってレコードマーケットを開催したりと京都ならではの取り組みができているので、この場所にしてよかったと感じています。
伊部カフェのオーディオでは、ミュージシャンやDJといった音楽のプロが選曲したプレイリストを日替わりで再生。2ヶ月に1回は総入れ替えし、訪れるたびに新しい音楽に出会える環境づくりを目指しています。
――明るく開放感のある空間も魅力的です。
伊部京都にお店を作ることが決まった時、最初に頭に浮かんだのが建築デザイナーの関祐介さんでした。関さん自身も大学時代からテクニクス製品を愛用していただいており、相談したら快く引き受けてくださって。関さんと何度もお仕事をされている小川珈琲さんにも協力してもらい、カフェメニューの開発を進めていきました。
伊部洗練された居心地の良い空間にすることで、「テクニクスが表現したいのはこれだ」というブランドの姿勢を感じてもらえる店を目指しました。オーディオメーカーが場所づくりを行うと、音響を優先して、デザインが疎かになってしまうことがよくあります。しっかり良い音を響かせつつ、デザインの美しさも損なわないために、関さんと相談しながら店を作っていきました。やはり音響回りはとても難しく、最終工程はひたすら音の検証ばかりやっていましたよ。
上松この場所はガラスに囲まれていますが、ガラスって音をものすごく反射するんですよ。床も石材だから反射しやすいし、このままだと音が反響しまくって、お風呂の中みたいにグワングワンした音になってしまうんです。エンジニアとも検討を繰り返し、その反射を防ぐために壁に吸音ボードを採用したり、植栽を置いたり、吸音力のある鉢カバーを付けたり...試行錯誤を繰り返しました。決していい条件とは言えない環境の中、「テクニクスだったらこんな良い音を出せますよ」ということをアピールしたかったんです。
――実際に音を聴いていると、今この場所で演奏しているんじゃないかってくらいの臨場感を感じます。
上松その感覚は、なかなか味わえないですよね。音は耳だけで聴いているわけじゃない。体で感じる音の広がりを多くの人に体験してもらいたいんです。
伊部4月20日のレコード・ストア・デイにTechnics café KYOTOで開催したマーケットでは、レコードビギナーに向けてレコードの聴き方を紹介できるようなイベントにしたいと考えていて。国内各地のレコードショップ・レーベルに"最初におすすめのレコード"というテーマでレコードを選盤してもらいました。そういう場を設けることで、今までのお客さんを大切にしながら新しいお客さんを仲間に入れて、長く愛してもらえるブランドに育てていけたらと考えています。
オーディオを通じて、カルチャーの土壌を耕す
――テクニクスのブランド復活から10年が経ち、今後の課題と感じていることはありますか?
伊部オーディオ業界は、新しいお客さんが入りづらさを感じてしまうような閉塞感があると思うんです。僕はもともとただの音楽好きで、オーディオにはあまり興味がありませんでした。でも、音響にこだわり始めたら音楽を聴くのがいっそう楽しくなって。過去の僕と同じように、音楽好きの人ってオーディオ機器に無頓着な人が意外と多いんです。そこの穴埋めをすることで、より多くの方々にオーディオの魅力を届けていけたらと考えています。
上松今はイヤホンで聴くのが主流だから、持ち運びできる音で満足している人が多いんですよね。もちろん、イヤホンでも十分いい音が聴けるし、それが悪いわけではありません。でも、もっともっと良い音に出会ってもらいたいという想いがあって。テクニクスはいろんなモデルを展開しているので、まずは手の届くところから楽しんでもらい、徐々にグレードアップしていってもらえたら嬉しいなと思います。
僕はテクニクスがブランドを休止した頃から関わってきたので、その時のくやしさや、お客さんの表情を今も覚えています。だからこそ、まずはブランドを長く続けることが最大の目標です。新しいカルチャーは続けていく中で生まれると思うので、何十年後にどうなっているかは想像できませんが、常に時代の先を進むようなブランドでありたいですね。
伊部これまで、オーディオ業界は音楽の市場からちょっと外れていたように感じます。でも、僕は一緒に音楽業界を育てていく仲間の一人でありたいとずっと思っていて。お客さんを巻き込みながら、新たなカルチャーを育てていきたいです。
やはり、ソフトとハードが揃っていないとカルチャーは盛り上がらないと思うんです。近年は私たちを含めいろんなメーカーがレコードプレーヤーを多く販売しているため、レコードの生産数が増加し、レコードをリリースするミュージシャンが増えています。そうやって音を楽しむ手段を広げるような製品を生み出し続けることで、音楽というカルチャー全体を豊かにするお手伝いができたらと思っています。
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Profile
上松 泰直(うえまつ・やすなお)
パナソニック株式会社 テクニクスブランド事業推進室 国内マーケティング課
1991年入社。1994年からオーディオ事業部でテクニクス商品などのマーケティングを担当。現在は、全国各地で営業活動や音楽イベントなどを開催している。プライベートでは結成38年目になるバンドでボーカルとブルースハープを担当。
私のMake New|Make New「AUDIO LIVE」
全国各地のホテルや美術館、ミュージアムなどで音楽を楽しむオーディオイベントを企画・開催。新たなオーディオファンづくりに挑戦中。
伊部 哲史(いべ・てつし)
パナソニック株式会社 テクニクスブランド事業推進室 国内マーケティング課
2006年入社 。機構エンジニアとして国内電話開発に従事。2014年5月よりコンシューマーマーケティングジャパン本部に在籍。
私のMake New|Make New「Groove」
元々、レコードの溝という意味の「Groove」。現在はノリという意味で使われることが多いです。お客様と共に様々なカルチャーをミックスさせて新しい「Groove」を作りたいと思っています。