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社内ビジコンからスタートアップとの共創へ。パナソニックが実践する事業創出の新しいかたち

Collaboration with Startups | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

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    2024年5月、パナソニックが社員のビジネスアイデアを事業化する「Game Changer Catapult」(以下、GCC)を刷新し、新たな新規事業創出の取り組み「Panasonic Kurashi Visionary Colab(パナソニックくらしビジョナリーコラボ)」(以下、くらしビジョナリーコラボ)を立ち上げた。GCCは2016年から8年続き、名物アクセラレータープログラムとして社内外から評価・期待されてきただけに、方針転換に驚く人もいるかもしれない。

    変更の背景にあるのが、「既存領域外で有望な事業をつくり、かつスケールさせていく」というパナソニックの強い意志。くらしビジョナリーコラボではボトムアップ型だったGCCのやり方をあらため、より既存の事業戦略に沿ったテーマ選びや、スタートアップとの連携強化を進めるという。

    GCCが8年かけて生んできた成果も、積極的に活用するというくらしビジョナリーコラボ。実際に、どんな取り組みになるのか。そして、GCCの成果にはどういったものがあったのか。長くGCCの運営に携わり、くらしビジョナリーコラボにも関わることになる杉山覚(すぎやま・さとる)と布施真絵(ふせ・まさえ)に話を聞いた。

    左から杉山さん、布施さんの写真 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    くらしビジョナリーコラボで検証や事業化の加速を担う部門の責任者を務める杉山覚(すぎやま・さとる / 左)と、広報担当の布施真絵(ふせ・まさえ / 右)。

    GCCはボトムアップ型。くらしビジョナリーコラボは事業戦略が起点

    ――杉山さんと布施さんは、2016年にスタートしたGCCの運営に携わってきました。その成果を活かしつつ、新しい取り組みのくらしビジョナリーコラボを立ち上げるそうですね。GCCと、くらしビジョナリーコラボの違いを教えてください。

    杉山GCCは、社員が自ら解決したい社会課題などを起点に事業を生み出していくもので、どちらかというとボトムアップ型でした。毎年、全社員が参加できるビジネスコンテストを開催し、メンタリングや学ぶ機会の提供を通じて、事業化を促す取り組みです。実際に、そこから複数の事業と多くのイントレプレナー(社内起業家)が誕生しています。

    一方、くらしビジョナリーコラボは、各事業部門の中期戦略を起点にして、スタートアップとの共創で新規事業を生み出していきます。これまで以上に各事業部門からの協力や、人材も含めたリソースを引き出しやすくなり、事業のスケール化や既存事業のトランスフォーメーションにつながると考えています。

    ――くらしビジョナリーコラボの取り組みについて、もう少し詳しく聞かせてください。

    杉山くらしビジョナリーコラボは、パナソニックの既存事業部門が自ら事業変革を起こすための「ホワイトスペースアプローチ」という手法を試行しています

    基本的にどんな事業分野でも、すでに多くのプレイヤーが存在していますよね。特にそのプレイヤーが大手であれば、既存の商流やアセットがすでに事業に最適化されているため、周辺に有望な新領域があっても進出できないことが多い。しかし、違う分野の会社ならば、既存事業は別分野なのでしがらみがなく、そうした有望な新領域に進出できるケースがあります。

    われわれはその有望領域を、「ホワイトスペース」と呼んでいます。既存のメインプレイヤーに簡単に攻略されにくい領域です。そして、ホワイトスペースで既存大手をかいくぐるように活躍しているのは、たいていスタートアップです。

    われわれはそうした有望なスタートアップと共創しながら、ホワイトスペースにいち早くアプローチすることを目指していきます。そして、スタートアップとは異なる新事業を起こし、新たなマーケットを共に醸成していく。それがくらしビジョナリーコラボの基本方針で、現在はその立ち上げを進めているところです。

    くらしビジョナリーコラボの基本方針のイメージ | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    くらしビジョナリーコラボの基本方針のイメージ

    ――具体的に、どのようなアプローチになるのでしょうか。

    杉山パナソニックが2022年に立ち上げた、パナソニックくらしビジョナリーファンドが重要な役割を担います。同ファンドは、国内外の将来性があるスタートアップに80億円を投資する計画です(投資期間5年、運用期間10年)。

    流れとしては、各事業部門と対話をし、それぞれの事業戦略をしっかりと理解した上で狙うべきホワイトスペースを特定します。そしてそのホワイトスペースで成長しているスタートアップと一緒になって協業プランを策定し、社内外の合意形成が済めば投資を実行します。その後は一定期間の検証を経たうえで、既存事業のアセットも本格活用しながら、複数社のパートナーとともにマーケットをつくっていければと思っています。

    ――動き始めている事例はありますか。

    杉山はい。いくつかの事業部門と協議のうえ、スタートアップに投資をしています。たとえば、スーパーマーケットにある冷凍・冷蔵ショーケースを手がけるコールドチェーン事業があるのですが、今後はハードウェアを提供するだけでなく、食のバリューチェーン全体に事業展開することも視野に入れています。

    そこで、特殊冷凍技術を使った冷凍食品を展開するスタートアップのデイブレイクに出資して、食のバリューチェーンを広くとらえた新たな事業ができるのではないかと、試行しています。

    また、美容家電を取り扱う事業部門があるのですが、これまではハードウェアの売上が中心になっていました。他方で、オンラインサービスの発展により自宅でできるケアの範囲は年々ひろがってきています。オンライン美肌治療プラットフォームを提供するNeautechへの出資にも、家電だけではなしえない、さらに深い美容サービスができないかという、長期的な狙いが反映されています。

    杉山さんの取材中の写真 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    GCCの代表として、多くのテーマの育成や、顧客の反応を踏まえたスピーディーな仮説検証を進めるノウハウの蓄積などをリードしてきた杉山覚(すぎやま・さとる)

    食、健康、教育など多分野の事業を生んだGCC。200人超のイントレプレナーを育んだ成果も

    ――ところで、GCCからはどんな新規事業が生まれましたか。

    杉山たとえば、「トレンダ」というスポーツと子どもの教育に関わるビジネスがあります。スポーツの俯瞰(ふかん)映像を撮影し、気になるシーンをすぐに振り返ることができる環境を提供して、指導者のサポートや、子どもたちの考える力および主体性の向上につなげるサービスです。パナソニックスポーツが運営するプロチームの育成カテゴリーでも、一部活用してもらっています。現在はカーブアウトするかたちで、本格的な事業化を目指しています。

    トレンダのイメージ画像 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    子どもたちの考える力や主体性の向上などを促す「トレンダ」

    杉山また、「Ipsum(イプソマ)」という次世代育成支援サービスも、GCCから生まれたものです。教育や心理学の専門機関の知見とパナソニック独自のセンシング技術をかけ合わせ、子どもの強みを見つけ、育てます。こちらは2025年の「大阪・関西万博」での活用も決まっています。

    Ipsumのイメージ画像 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    子どもの強みを見つけて育む次世代育成支援サービス「Ipsum」

    杉山これら2つが代表例ですが、ほかにも食や健康などの領域で複数のアイデアが事業化へ向けて動いているところです。

    ――それらの事業が生まれたこと以外に、GCCの成果といえるものはあるのですか。

    布施一番大きいのは、プログラムに参加した社員の成長ですね。毎春にエントリーして、約9か月のプログラムのなかで外部の起業家によるメンタリングや顧客へのヒアリング、経営陣へのプレゼンなどさまざまなことを経験するのですが、どの参加者も最初のころとは別人のように成長します。

    私たちはGCCに参加して大きく成長したメンバーを「カタパリスト」と呼んでいるのですが、8年で約200人ものカタパリストが生まれたことは、大きな成果だと思います。カタパリストたちは現在、GCCで学んだことを活かし、それぞれの事業部門で活躍しています

    そして、これからスタートアップと共創を進めていく際には、彼・彼女たちが推進役になってくれることを期待しています

    布施さんの取材中の写真 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    GCCでメンターの1人を担ってきた布施真絵(ふせ・まさえ)

    ――GCCに参加した社員には、具体的にどのような変化が見られますか。

    布施過去の参加者にアンケートをとったのですが、たとえば「セミナーやワークショップを通して視野が広がり、視座が高くなった」「顧客視点やUX視点で考えられるようになった」などの回答がありました。たとえアイデアが事業化に結びつかなかったとしても、GCCでの経験は無駄ではなくたしかな成長の手応えを感じているようです。

    ――アンケートの回答にあった「顧客視点」は、事業や製品をつくるうえでとても大事ですよね。

    布施そのとおりです。パナソニックはものづくりの会社ということもあり、「自分たちの技術を使ってこんな製品をつくりたい」という思いを持つ人がたくさんいます。ただ、それだけにアイデアありきになって、肝心な「誰のどんな課題を解決したいのか」という部分があとづけになってしまうリスクもあります。

    そうしたなかで、GCCでヒアリングの仕方を学び、直接ユーザーの声を聞いていくうちに顧客起点で考えることの重要性を知り、本業でも実践しているという回答が数多く見られたのは喜ばしいですね。

    布施さんの取材中の写真 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    杉山社内の人脈が広がったという回答も多かったですよね。プログラムを通じてつながった社員同士でコミュニティーをつくった人や、「最高のビジネスパートナー」と呼べる存在と出会い、新たな活動を始めている人もいるようです。

    また、なかには仲間とともに自分の部署内で新たなビジネスコンテストを立ち上げ、運営しているというカタパリストもいました。GCCとしてのビジネスコンテストはいったんストップしますが、各事業部でそうした仕組みが整いつつあります。こういったさまざまな「副産物」が生じているのは、うれしいですね。

    (以下の吹き出し内は、GCCへ参加した人へのアンケートで「GCCでどんなことを得られたか」という質問に寄せられた回答の実例)

    GCC参加経験者A

    事業案を社内外で何度も説明し、検討を繰り返す中で、自分も事業も鍛え上げられました。GCCの『Unlearn & Hack』の意味を少しずつ掴み、人脈と専門知識が増えたことで活動の幅も広がりました。その結果、自分の専門性を最大限に活かせる道を進む決意が固まりました。

    GCC参加経験者A(おにぎりのテーマを起案、海外展示会への出展も経験。その後もGCC発テーマに関わりながら、パナソニックの食領域のプロフェッショナルとして活動中)

    GCC参加経験者B

    プロダクトやサービスに対する考え方が従来よりも顧客の課題起点で捉えられるようになりました。事業部内で新規のプロダクトやサービスを提案する機会が増えました。GCCは私にとってのキャリア、人生のターニングポイントと言っても過言ではないです。

    GCC参加経験者B(GCCには子ども向けクリエイティブ教育をテーマに参画し、社内教育コミュニティを設立。その後も多彩なフィールドで活動中。ランドリー技術の開発を担当)

    GCC参加経験者C

    仕事や事業に対する見方、アプローチが根本的に変わりました。
    新しいキャリアデザインを考えるきっかけとなりました。
    新たな人脈を得て、ビジネスパーソンとしての幅が確実に広がりました。

    GCC参加経験者C(美容領域の新たなテーマを起案。GCC卒業後も事業部でテーマを推進しながら、他社アライアンスや資本提携なども推進中)

    GCCで知見を蓄積したからこそ、スタートアップとの共創をサポートできる

    ――長年続いていた取り組みを刷新するうえでの、難しさもあったのではないでしょうか。

    杉山そうですね。新しい取り組みに移行するにあたって懸念していたのは、社内でアイデアを公募するかたちをやめると、社員が手を挙げてチャレンジする機会が失われるのでは?ということでした。ただ、くらしビジョナリーコラボの中身を検討するうちに、このやり方であれば引き続き社員のチャレンジを促せると思えるようになったんです。

    たとえば、出資したスタートアップと具体的な協業プランを実行するフェーズでは、0→1の生み方を学んだカタパリストたちの力が存分に活きるはず。そうした場面で、チャレンジしたい人に手を挙げてもらえるような仕組みも、つくっていきたいと思っています。

    杉山さんの取材中の写真 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    ――カタパリストたちが新規事業の知見や経験、チャレンジ精神などを各部署に持ち帰ることで、その部署にいるほかの人たちにも刺激を与えそうですね。

    布施実際に、そういう効果はあるようです。プログラムを終えたカタパリストたちが明らかに成長し、本業に良い影響を及ぼすので、ここ数年は多くの部署がGCCに積極的に協力してくれるようになってきていました。

    ――8年間の地道な取り組みが、チャレンジを応援する風土の醸成につながった。これもGCCの大きな成果の一つといえそうですね。

    布施そうですね。私たち事務局側でも定期的に社内イベントやセミナーを開き、部課長に参加を呼びかけるなどして、新規事業やチャレンジの重要性について訴え続けてきました。それが、ようやく実を結んできたのだと思います。

    先日こんなことがありました。2023年度のビジネスコンテストで採択された「クアントマルシェ」という、野菜の鮮度保持の課題に着目した新規事業アイデアがあるのですが、これを推進するためには冷蔵庫をつくる事業部の協力が不可欠でした。そこで、事業部の課長に相談したところ、「ぜひ、うちの部署の若い人を巻き込んでやってください」と言ってくれたんです。

    社内の大きな変化を感じて、つい涙があふれそうになってしまいました。正直にいうと、かつてはそのようなことが珍しかったので......。

    杉山さんと布施さんの取材中の写真 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    杉山社内に新規事業やチャレンジに対する前向きな風土が醸成されたことで、これから各事業部と新規事業をつくっていく際にも話が通じやすく、スピーディーに動けるはずです。そういう意味では、GCCの8年間はわれわれがこれから始めようとしている新しい取り組みの礎(いしずえ)になったのではないかと思います

    ――あらためて、新しい取り組みであるくらしビジョナリーコラボへの思いを聞かせてください。

    布施私は主に、広報の部分でくらしビジョナリーコラボを支えていきます。とくに力を入れたいのが、社内と社外に向けたコミュニケーションですね。まずは、くらしビジョナリーコラボを知ってもらい、共感を得られるような企画を数多く実施し、多くの人や部門が意欲的に参加する取り組みにして、有望な事業がどんどん生まれるようにしたいと思っています。

    杉山既存事業部門とスタートアップの共創を目指し、すでに複数のプロジェクトの芽が生まれつつあります。ただ一方で、各事業部のメンバーからは「一歩目の踏み出し方がわからない」という声も出てきました。それに対して、GCCで新規事業の知見を積み上げてきたわれわれが積極的にサポートして共創を加速させ、新領域での事業化につなげていきます

    そして、ゆくゆくはパナソニックの新しい柱になるようなビジネスをつくっていく。そんな取り組みにしていきたいですね。

    左から杉山さん、布施さんの写真 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

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    Profile

    杉山 覚さんのプロフィール写真 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    杉山 覚(すぎやま・さとる)

    パナソニック株式会社 事業開発センター 事業共創推進部 部長
    2005年入社。白物家電の経営企画やアジア向け新規事業開発等を担当(インド、ベトナムでの勤務経験あり)。2019年、GCCに参画。プランニングリードを経て、2023年に代表就任。くらしビジョナリーコラボでも推進役を担う。

    私のMake New|Make New「Colab」
    スタートアップとの創造的で実験的なコラボレーションを通じて、未来のくらしのあたり前を作っていきたいと思います。


    布施 真絵さんのプロフィール写真 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    布施 真絵(ふせ・まさえ)

    パナソニック株式会社 事業開発センター 企画・品質管理課 兼 事業共創推進部
    メーカーの広報、教育機関での勤務のあと、2017年からGCCに参画。2023年にパナソニックへキャリア入社。くらしビジョナリーコラボでは広報面などで取り組みをサポートする。

    私のMake New|Make New「前のめり」
    GCCからくらしビジョナリーコラボへ。私個人にとっても新しいチャレンジです。前のめりに楽しんで「Colab」を育てていきたいです。

    • 取材・執筆:榎並紀行(やじろべえ)
    • 撮影:北原千恵美
    • 編集:MNM編集部、藤﨑竜介(CINRA)

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