今年9月、パナソニックのライティング事業におけるマザー工場「新潟工場」が、地元の長岡工業高等専門学校の学生を招いて5日間のインターンシップを開催。その集大成として、中学生たちにプログラミングとアートの楽しさを伝える出前授業が行われた。
主役となったプロダクトは、現在開発中のIoT照明「ILLUMME(イリューム)」。フルカラーLEDが球体の全方位に配置され、プログラミングと連動することで自由自在に光らせることができる製品だ。
記事の前半では、インターンシップの最後に高専生が地元の中学生に向けて行った授業の様子をレポート。後半では開発担当と人事担当の2人にインタビューを行い、「ILLUMME」がつくられた経緯やこのインターンシップに込める期待、これからの時代の照明の楽しみ方について、それぞれの目線から語ってもらった。
Index
自由な発想で楽しむ、アート×プログラミングの授業
今回のインターンシップに参加した高専生は3〜5年生の3名。全5日間で行われ、1〜2日目は新潟工場の見学を通じてパナソニックの技術や理念について知ってもらい、3日目には社員とチームを組んでワークショップを実施。4日目には出前授業に向けた準備をし、最終日に中学生たちを招いてワークショップを開催した。
ワークショップの内容は、プログラミングツール「Scratch(スクラッチ)※」をベースにした照明制御アプリケーションを使って「ILLUMME」をコントロールし、光のアート作品を制作すること。
※アメリカ・マサチューセッツ工科大学のメディアラボが無償で公開しているビジュアルプログラミング言語。画面上のブロックをつなぎ合わせてプログラミングを行う。主にマウスを使うため、キーボード操作に不慣れな子どもでも利用することができる。
まずは、今回の作品づくりにおけるルールの説明から。高専生の富永さんから中学生に、「自分の感性と向き合おう」「感じたことは声に出して伝えよう」「最後まで手を抜かず、対話しよう」の3つの掟をもとに、アートには正解がないということや、完成度より過程が大事ということが伝えられた。
早速、「ILLUMME」のプログラミングに挑戦。まずは扱いに慣れるところからスタートしたが、参加した中学生たちはプログラミング経験者が多く、照明制御アプリを操作する手がぐんぐん進んでいく。光の色を自分好みにしたり、点滅の速さを変えてみたり、「ILLUMME」を自由自在にコントロールして楽しんでいた。
「光で感情・形を表現してみよう」というコーナーでは、「わくわく」や「怒り狂う」、「直線」、「輪」といったテーマに挑戦。「わくわく」は黄色の点滅、「怒り」は赤い色...のように感情は感覚的に表現しやすいのに対して、光で直線を表現するのがなかなか難しく、みんな試行錯誤を繰り返していた。
そしていよいよILLUMMEをつかったアート作品づくりへ。3つの班に分かれて、各チームがくじで引いたキーワードと「夏」をかけあわせたテーマで創作していく。
「悲しい」というキーワードを引いたチームは、窓から漏れる花火の光を作り出して寂しさを表現。「幸せ」を引いたチームは、夏祭りや花火、かき氷、スイカなど、夏の楽しみを光で表していた。「爽やか」がテーマのチームは、「ILLUMME」の色で人の体温を表現。かき氷を食べた後に体がスッと涼しくなる様子を作品にしていた。
どの班も自分たちのテーマを見事に形にしていて、全体発表の際には「これは何?」「どうやってつくったの?」と質問を投げかける人もいた。インターン3日目に行われた高専生と社員のワークショップとは一味違う、中学生ならではの柔軟な発想や自由な表現力が発揮されていて、お互いに実りのあるひとときとなった。
授業を終えた後、今回のインターンシップを企画し取り進めたパナソニック社員2人にインタビューを実施。開催までの経緯や「ILLUMME」の今後、照明の未来について話を聞いた。
「ILLUMME」を教育に活用し、光の新たな楽しみ方を広げる
――プログラミング授業で使われていた開発中の製品、「ILLUMME」が誕生した背景を教えてください。
しぎ谷もともと、異なる事業領域の、技術部門とデザイン部門の共創プロジェクトから生まれたプロトタイプが始まりなんです。顧客が自由に光を操ることができるプロダクトとして、当初はミュージシャンやアーティストなど光の演出にこだわる方々に使ってもらうことを目指していたのですが、コロナ禍の影響で事業化のための検証をストップせざるを得ない状況になりました。
しぎ谷そんな時、子ども向けプログラミング学習環境の「Scratch」とIoT家電でプログラミングを学べるSTEAM教育(※)サポートプロジェクト「Scratch Home Project」との出会いがあり、「ScratchとILLUMMEを組み合わせたら教育の現場で活用できるのではないか」という考えに至ったんです。
※Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Art(芸術)、Mathematics(数学)の頭文字をとった言葉。学問領域の枠を横断して考える力や、今までにない新しい着眼点を育てる教育。
しぎ谷パナソニックではこれまでもさまざまなSTEAM教育を行ってきましたが、A(ART)に当てはまるものがあまりなくて。そこへ「ILLUMME」がうまく収まったように感じました。
――なるほど。鴫谷さんはこのインターンシップにどんな期待をしていたんですか?
しぎ谷一番の目標は、光を楽しむという新しい照明文化の醸成です。そのためには光を使ったSTEAM教育をより多くの人に届けていく必要があると思うのですが、こういったワークショップの講師をできる立場が我々しかいないと、どうしても活動に限りがあります。そこで、このインターンシップを通じて光の楽しみ方を発信する担い手を増やしていければいいなと考えていました。
――実際に高専生たちと一緒に授業をしてみてどうでしたか?
しぎ谷教えたことを飲み込むのがとても早かったですね。3日目に高専生へ向けた授業を行ったのですが、5分もしないうちに僕が書いたこともないようなプログラミングを書いていて驚きました。高専の3~5年生だとまだまだ学会発表とかにも慣れてないだろうし、最終日の出前授業は人前で上手く話せるか心配していたのですが、すごく立派にやってくれて感心しました。大人だったら手が止まってしまうようなことも、高専生たちはどんどん発想を広げていってくれるので見ていて楽しかったです。
すみ谷社員とのワークショップでは、逆に彼らが「Scratch」の使い方を教えていましたもんね(笑)。その姿を眺めていて、若手の方々が入社した時に、そうやってお互いの得意分野を教え合うような関係性が作れたら理想だなと感じました。
工場を発展させ続けるためにも、照明の魅力を伝えていく必要がある
――今回のインターンシップはどういう経緯で開催されたのでしょうか?
すみ谷去年の1月頃に、鴫谷さんが長岡高専へワークショップの相談をしたところ、とてもいい反応をいただいて。せっかくなら長岡市も巻き込んで教育コンテンツにできないかという話になったんです。パナソニックと高専、中学生と長岡市の4者がwin-winになるような形にできればと進めていきました。
しぎ谷これまでも別の地域の高専で「ILLUMME」を使ったワークショップを行ったことがあったのですが、学生が楽しそうに取り組んでいる様子を見たり、パナソニックに対して興味をもって質問しにきてくれる経験をしたことで、人的資本や知的資本など非財務的な観点でも会社に貢献できるのではないかと考えるようになりました。そこで、このワークショップをリクルートを絡めて活用できる方法を考えて、ライティング事業のマザー工場である新潟工場と長岡高専に協力をお願いしました。
――人事の目線から見て、いま工場が抱えている課題にはどんなものがあるのでしょうか。
すみ谷世の中の少子高齢化の影響は新潟工場も例外ではなく、工場を活発に運営するために新たな人材が必要です。できるだけ少人数で動かせるように設備の導入も進めていますが、その設備も結局は人が設計・調整・メンテナンスをするので。
パナソニックの工場では、高専を卒業した社員が多く活躍しています。みなさん高専で培った高い知識と技術を持っており製造現場を支えています。
しぎ谷今日参加していた学生3人も、ワークショップで一緒になった社員たちから「情報系に強い人は工場で重宝されるから、入ったら即戦力だぞ」と言われていましたね(笑)。
すみ谷私たち人事担当は毎年採用計画を立てて動いていますが、今回のインターンシップは目先の成果を得るのではなく、長期的な仕込みだと考えています。採用への効果ももちろん期待していますが、それ以上に、工場や学生、地域に必要な取り組みだと思いました。
新潟工場は施設照明や防災照明において非常に高いシェアを誇っており、「ここに何かあったら日本の建物に明かりがつかなくなるのでは」と感じてしまうくらい、重要な工場だと思っています。その場所を持続し、発展していくために、今の社員のスキルを引き継ぐ存在が必要なんです。
――開催までに苦労した点もあったのでしょうか。
すみ谷この取り組みの構想自体は素晴らしいし、きっと誰もが共感してくれると思うのですが、初見の人に伝えるのが難しくて。長岡高専では多くの生徒が先輩の感想を参考にしてインターン先を選ぶそうなんです。僕らは今回が初めての参加だったので、学生がちゃんと集まるだろうかという不安がありました。
同時に、新潟工場の全部署から協力をもらうために、このインターンシップにどんな意義があるのかを丁寧に伝えました。小さい頃からプログラミングに触れてもらって、その子たちが文理選択で理系を選んで、そしてパナソニックのことを知ってくれていたら、数年後に皆さんの部署に入ってくるかもしれませんよと。当日はベテランから若手まで多くの社員に参加してもらいました。長岡高専OBも3名いましたね。細部にこだわった社員の作品はとても素敵なものでした。
――結果的にたくさんの社員さんに協力していただけてよかったです。何か新しい発見も?
すみ谷学生たちの自由な発想力を見ていて、我々社員もこういう機会を取り入れた方がいいと感じました。かっちり決まった方針を実現していくのも大切ですが、そもそもの前提からアイデアを練ったり、正解がない中でも進んでいく時間がたまには必要だなと。
「ILLUMME」を通じて見えてきた照明の未来
――高専生のインターンシップを通じて、「ILLUMME」から発展する新しい可能性は見えてきましたか?
しぎ谷僕らが目指すのは、音楽に様々なジャンルがあってインターネットを介して作曲したものが世界中に流通しているのと同じように、光も楽しめるようにすることです。自分で光のデータを作る人がいれば、それを再生して楽しむ人もいて。誰かが作った「寝る前にリラックスできる光」を他の人がダウンロードして再生できるようになったら面白いですよね。そういう光にまつわる産業全体を盛り上げていけたらと考えています。
照明には明るくする以外の可能性があると理解しつつも、「ILLUMME」の事業企画に関わった当初は今ほど明確に想像できていませんでした。今回のようなワークショップを重ねるごとに、「本当にそういう未来がやってくるだろう」という強い確信を持てたんです。
――出前授業を見ていて、「ILLUMME」は教材としてとても活躍しそうだと思いました。ワークショップの今後や、「ILLUMME」の教材活用について展望があれば教えてください。
しぎ谷そうですね。今は私を含む少数メンバーで事業化に向けた仮説検証の位置づけでやらせてもらっていますが、事業化するためには事業体制を構築していかないといけません。これまでの取り組みで価値検証について一定の成果が得られているので、今年度は特に、社内外のパートナーとの共創活動に注力しているところです。同時に、今回参加してくれた高専生たちのような発信の担い手を増やしていく活動にも取り組んでいければと思っています。
すみ谷人事の視点から考えると、今やっていることの成果は数年経たないと見えてこないのですが、こういった仲間づくりは積極的に続けていきたいです。こういう取り組みができているのも、新潟工場で作っている照明が全国の建物に導入されて、その売り上げがあるおかげなので。事業を続けるために必要な仲間を増やして、工場へ還元したいと思っています。そのためにも、こうやって地域の方々との接点をつくり、パナソニックの工場が新潟にあるということを多くの方に知ってもらえたら嬉しいです。
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Profile
鴫谷 亮祐(しぎたに・りょうすけ)
パナソニック株式会社 エレクトリックワークス社 ソリューション開発本部 ライティング開発センター 技術戦略部
2017年入社。エレクトリックワークス社 技術本部にて光機能材料の研究開発に従事。2022年10月よりライティング開発センターに在籍。ILLUMMEをはじめ、照明の新しい価値を生み出す新事業・新商品企画を担当している。
私のMake New|Make New「共創力」
自部門/自社だけでは実現が難しいことでもあきらめずに、協力者/共感者を巻き込んで進めていける。そんな人材を目指してきたいです。
隅谷 卓弥(すみたに・たくや)
パナソニック株式会社 エレクトリックワークス社 ライティング事業部 人事・総務部
2017年入社。事業場人事として国内営業部門の首都圏地区・中部北陸地区を担当。2023年7月より新潟人事・総務課に在籍。人事業務全般を手がけている。
私のMake New|Make New「Local Contribution」
地元から愛される工場でものづくりをし、全国の営業所を通じて各地の街づくりに還元する。そんなエレクトリックワークス社の一員であり続けたいと思っています。