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地球環境を守りながら、毎日のくらしを快適にする。そのなかで、私たちにできることは何か。特に最優先で取り組むべきなのがエネルギー領域。一般家庭よりも多くエネルギーを消費する企業にとっては避けられないテーマであり、その解決策の一つとして事業活動で消費するエネルギーのすべてを再生可能エネルギーで賄う「RE100(『Renewable Energy 100%』の略)」の推進がある。
2022年4月、パナソニックはRE100の実証施設「H2 KIBOU FIELD」を稼働させた。滋賀県草津市にある製造工場ひとつを動かすのに必要な電力を、純水素型燃料電池、太陽電池、蓄電池を組み合わせた自家発電によって100%賄うプロジェクトで、水素の本格活用によるRE100工場は世界初の試みとなる。
脱炭素社会の実現に向けて、大きな期待がかかる取り組み。背景にある思いやイノベーションについて、プロジェクトのキーマンである堀(エレクトリックワークス社スマートエネルギーシステム事業部 燃料電池技術部 水素プロジェクトリーダー)、河村(同 燃料電池事業横断推進室 水素事業企画課 課長)、村田(同 草津工場 生産技術課 課長)に話を聞いた。
工場稼働に必要なエネルギーを水素や太陽エネルギーで「自給自足」する
―― 2022年4月から稼働している「H2 KIBOU FIELD」は、事業活動で消費するエネルギーのすべてを再生可能エネルギーで賄う、いわゆる「RE100化」を目的とした実証施設です。まずは、この取り組みがスタートした経緯を教えてください。
河村具体的な計画がスタートしたのは、2020年の12月です。ただ、「この工場をRE100化するぞ」ということではなく、RE100化できるソリューションを提供する、というのが本来の目的です。
もともと私たちは、高純度の水素と空気中の酸素との化学反応で発電する「純水素型燃料電池」の開発を進めていて、同時に、これを使って事業用の電力を賄うソリューションを研究していました。これができればRE100化になる、脱炭素社会に向けて大きく前進できるのではないかと。
しかし、いままでやったことはありませんでしたし、設置環境によっても状況は変わります。計算上の話をしていてもイメージしづらく、これでは伝わっていかない。そこで、まずは自分たちで本物の実証装置をつくり、より多くの人に見てもらいたいと考え、スタートしました。
―― RE100化に向けて多くの企業が取り組んでいると思いますが、他社との違いはどこにあると考えますか?
河村現在、RE100を宣言している企業は数多くありますが、使用する電力のすべてを自給自足できているケースというのは聞いたことがありません。例えば、太陽光発電で賄いきれない電力は、ほかから再生可能エネルギーを購入していたりする。これでは、どんどんコストが嵩んでしまいます。
そのため、「H2 KIBOU FIELD」では自前の再エネだけで事業用電力を賄う「本物のRE100」を実現させ、そのソリューションを広く社会に提供していきたいと考えました。
――「H2 KIBOU FIELD」では、純水素型燃料電池、蓄電池、太陽電池を組み合わせることで必要な電力量を賄っているということですが、3つの電池を組み合わせるという発想はどのように生まれたのでしょうか?
河村「H2 KIBOU FIELD」は、草津拠点にあるパナソニックの燃料電池工場(以下、C17棟)の製造工程の全使用電力を賄うことを目指すものです。そのためには、どんな設備がどれくらい必要なのか、さまざまなシミュレーションを行ないました。
例えば、夏場の電力需要ピーク時に工場をフル稼働する場合、太陽光パネルだけでは必要な電力量を賄いきれません。工場の屋根すべてにパネルを敷き詰めたとしても、雨天時に発電がストップすることなどを考慮すると、とても足りない。その足りない部分をカバーするために、太陽光に加えて純水素型燃料電池、蓄電池を組み合わせる計画を立てたんです。
そして、シミュレーション上は、この3つを組み合わせればなんとかうまくいきそうだということがわかった。じゃあ、実際にやってみようと。
――ここは多くの人にRE100のソリューションを見てもらうための場でもあるということでしたか、稼働後、視察に訪れる企業は増えていますか?
河村おかげさまで、たくさんの問い合わせをいただいています。これは、多くの企業がRE100に本気で取り組もうとしている証ではないでしょうか。また、私たち自身もそうしたお客さまと意見交換することで、さまざまな気づきを得られています。
視察に訪れる企業の方に想定する用途などを聞いてみると、われわれが思いもしなかった千差万別なニーズが出てくるんです。自社工場をRE100化したいという話はもちろん、建設業や街づくりに携わる行政の方などからの期待も大きく、かなり幅広い用途に展開できそうな手応えを感じていますね。
新しく「発電所」をつくるレベルの大規模プロジェクト
――水素の本格活用によるRE100工場は世界初の試みということですが、なかでも最もイノベーティブなポイントはどこでしょうか?
堀主に3つあると考えています。1つ目は、「太陽電池」「純水素型燃料電池」「蓄電池」の3つの電池をうまく連携させ、きっちりコントロールして動かすこと。
2つ目は燃料電池自体の性能です。私たちが開発した「H2 KIBOU」は、発電時に残存する水素を捨てずにリサイクルする技術が用いられていて、純水素型燃料電池としては業界最高水準の発電効率56%を実現しています。発電効率が高ければ水素の使用量削減につながり、トータルのランニングコストもカットすることができます。
3つ目は、燃料電池99台をつないだ複数台制御です。「H2 KIBOU」は、1台あたり5kWの発電出力が得られますが、これを99台連結させることで、およそ100倍の発電量を実現させています。これは、新たに「発電所」を一つつくるレベルの規模感になるため、なかなか骨の折れる仕事でしたね。また、ただ束ねて制御するだけでなく、電池の寿命が最も長くなる運転方法を模索するなど、パフォーマンスを最大化させているのも特徴です。
さらに、仮に一台の燃料電池がエラーで停止したとしても、対象の機器だけを交換できるため、事業に必要な電力を出力し続けながら、同時にメンテナンスすることも可能となります。
――「発電所をつくるレベル」の規模感ということですが、それほど大規模なプロジェクトとなると、技術面以外でもさまざまな壁があったのではないでしょうか?
村田特に大変だったのは官公庁への届出や、承認を得るためのさまざまな調整ですね。国としても前例のない試みだけに、法律が整備されていない部分もありました。そこで、経済産業省近畿経済産業局や地域の消防署などと何度もコミュニケーションを重ね、丁寧に説明をし理解していただく必要があったんです。
例えば、太陽光発電と燃料電池による発電を合算した総発電量は膨大なものになるため、そのぶん許可承認を得るハードルも上がります。そこで、太陽電池と燃料電池のゾーンをフェンスで区切ったり、それぞれ独自の発電システムを用意したりと、あくまで別々の発電施設であると認めてもらうための工夫について近畿経済産業局からアドバイスをもらいました。
このあたりは法律が絡む部分ですので、私たち技術者だけではなかなか難しかったのですが、こうした分野の知見を持つ他部署にも協力してもらうことで、スピーディーに進めることができましたね。結果的に、最短で最適な発電設備を実現することができたと思います。
――前例がないだけに手探りの部分もあったと。ある意味、新しくルールをつくっていくようなところもあったのでしょうか?
村田そうですね。苦労はありましたが、そのぶん、今回の試行錯誤が独自のノウハウとして積み上がっていきます。今後、今回とは別の場所で同じソリューションを立ち上げる際にも、どんな準備や交渉が必要になるのか、すべてを共有することができる。その意味でも価値のある経験だったと思います。
「本気でビジネスとして展開する」。トップの本気が現場にまで伝播
――「H2 KIBOU FIELD」は、計画開始からわずか1年半で稼働に至りました。これだけのダイナミックなチャレンジを、スピーディーに実現することができた原動力は何だったのでしょうか?
河村長年にわたりエネファームで培ってきた水素型燃料電池の基礎技術があったことはもちろんですが、私はそれ以上に「人」の力が大きいと思っています。パナソニックには技術者だけでなく、あらゆる部署に高い専門知識やスキルを持った人材がいて、誰にどんな質問をしても的確な答えが返ってくるんです。また、会社全体としても、困っていると手を差し伸べてくれる文化が根づいている。
今回もわれわれだけでは足りないリソースをカバーするために、組織を横断して多くの部署がサポートしてくれました。役員レベルの理解もあり、まさにワンパナソニックで動けたプロジェクトですね。
堀つけ加えると、今回のプロジェクトでは終始一貫して「みんなの力を結集して、これを実現するんだ」というトップの強い意志を感じました。まずトップが大きな柱を立て、関わる全員がそこに向かってベクトルを合わせていくような感覚がありましたね。それは社内の人間だけでなく、事前シミュレーションの部分で尽力してくれた関連会社の方や、工事に携わってくれた協力会社さんも感じてくれていたと思います。
みんなが共感できる大きな目標があることで、関わる人すべてが自分ごととして日々の課題を解決しようとしてくれる。実際、課題と解決策については関連部門全体で協議しながら進めましたので、工事もスムーズに進みました。
――全員で共有していた「柱(目標)」とは、具体的にどういうものだったのでしょうか?
堀パナソニックが、これを「本気でビジネスとして展開しようとしている」ということですね。単に世界初の技術を実現させて終わりにするのではなく、これを第一歩として今後も継続し、何としても成功させる。その本気度がしっかりと伝わったからこそ、社外の方を含めて多くの共感を得られたのだと思います。
――そうしたメッセージを現場にまでしっかりと届け、浸透させるための工夫などはありましたか?
堀工夫とは少し違うのかもしれませんが、プロジェクト立ち上げの段階で、大々的な発足式を行ないました。ここで目的意識を共有し、みんなでやるんだ! という意志を固めることができたと思います。
また、当時の事業部長の存在も大きかったですね。事業部長クラスとなると、通常は現場のことよりも経営面にフォーカスするものですが、その方は水素燃料電池に加えて、水素業界の動向、水素ビジネスの在り方など、自ら積極的に学ばれていたと思います。最終的には、環境や再生エネルギーについて現場の誰よりも詳しくなっていたくらいです。われわれもその姿勢を見て「事業部長がこれだけ本気なのであれば、絶対にその思いに応えよう」と、モチベーションが高まっていきました。
――では最後にあらためて、このプロジェクトにかけるそれぞれの思いを聞かせてください。
村田パナソニックには、『この夢が未來』というグループソングがあります。その歌詞のなかに「信じよう たおやかな科学を この夢が次の 未来になることを」というフレーズがあるのですが、まさに今回のプロジェクトのことを指しているように感じるんです。この事業によって未来にバトンをつなぐことができるよう、これからも頑張っていきたいですね。
堀これはパナソニックのイチ事業ではあるのですが、社会貢献という点でも、このうえなくやりがいのある仕事だと感じています。いまは地球を燃やしながらつくっているエネルギーをクリーンなものに変えていくことは、子どもたちの未来を守ることにもつながる。私にも子どもがいますから、地球環境を保ったうえで便利な世の中をつくることに、高いモチベーションを抱いていますね。
河村まずは国内からですが、ゆくゆくは世界にもこの技術を広げていきたいという思いがあります。極端な話、水素があれば砂漠のど真ん中でも発電ができるようになるわけです。そうすればどんな場所にだって、クリーンな街をつくることができる。そう考えると、すごくワクワクします。もちろん、毎日の仕事ではうまくいかないことも多いですが、こうした夢があるから、その苦しさも乗り越えられているのだと思います。
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Profile
河村 典彦(かわむら のりひこ)
エレクトリックワークス社 スマートエネルギーシステム事業部 燃料電池事業横断推進室 水素事業企画課 課長 水素事業企画担当。1989年松下電工に入社。研究所にて主に家電商品に携わる。汐留勤務~ドイツ勤務を経て2015年から燃料電池の商品企画を担当する。2018年から水素事業に携わり、RE100実証を通じて新しいソリューションをお客様に提案する新ビジネスなどの事業企画を担当。
堀 慎一朗(ほり しんいちろう)
エレクトリックワークス社 スマートエネルギーシステム事業部 燃料電池技術部 水素プロジェクトリーダー。2007年入社。AVCネットワークス社でプラズマディスプレイパネル開発に携わる。2015年からエネファームの燃料電池システム開発に参画、2018年から水素燃料電池システムの開発リーダーを担当。2021年にはHARUMI FLAG(中央区晴海にて実施された大規模まちづくり事業)へ導入する水素燃料電池の商品化を実現。現在、プロジェクトリーダーとして次世代モデルの開発を推進中。
村田 淳(むらた あつし)
エレクトリックワークス社 スマートエネルギーシステム事業部 草津工場 生産技術課 課長。1991年入社。エアコン事業部で生産設備工法開発等の生産技術に携わる。2004年からものづくり直轄職能で燃料電池量産化に従事後、2012年から燃料電池工場生産技術責任者を担当し、工場の工場IoT化を推進。RE100ソリューション実証において社内総務施設部門や工事協力会社とともに建設工事から立上げを担当。